新・仏典物語――釈尊の弟子たち(13)

天よ、雨を降らせよ

雨の降らない日が続いていました。農民たちも、うらめしげに天を仰ぐばかりでした。まだ被害は出ていませんでしたが、このまま雨のない日が続けば農作物に影響が出てくることは目に見えていました。

王舎城(おうしゃじょう)の王宮では、ビンビサーラ王が家臣から報告を受けていました。雲は湧いてくるのに、雨が落ちてこないというのです。王もここ数日、空を見上げることが多く、そのことは知っていました。さてどうしたものか。雨乞いでも執り行おうかと思い、そばに控えた家臣にその準備をするように言いわたそうとした時、「あっ!」と王は何かに思いあたったように声を上げました。一人の修行僧の顔が浮かんできたのです。

僧の名は、スブーティ(須菩提=しゅぼだい)といい、釈尊の高弟の一人でした。思わず引き込まれてしまいそうな柔和な眼を、スブーティは持っていました。彼が王舎城に来て説法した時、感激した王はスブーティにいつまでも王舎城にとどまってほしいと思いました。そして、こう申し出たのでした。

「スブーティ尊者、あなたさまのために草庵をつくってさしあげたいと思います」

その後、草庵造営の経過報告もたびたび受けていたのですが、王は政務に追われ指示を出すのを忘れていたのです。草庵はほぼ完成し、あとは屋根をふくだけだという報告を思い出しました。屋根のない草庵で暮らすスブーティのために、天が雨を降らさないことに王は気がついたのです。

草庵に駆けつけた王をスブーティはほほ笑んで迎えました。屋根のない草庵とスブーティの笑顔。王は申し訳なさで身が縮む思いがしましたが、スブーティはちっとも気にしている様子ではありませんでした。

王から話を聞き、スブーティはすぐさま天に向かって語りだしました。

「天よ、思うがままに雨を降らせよ。私の心が、乱れることはない。天の神よ、雨を降らすがよい」

雨が落ちてきました。久しぶりの雨です。空を見上げた顔に雨を受け、王も従者も、そしてスブーティも心地よさそうでした。

遠くから歓声が聞こえてきます。それは、待ちに待った雨への、村人たちの歓呼の叫びでした。

(長老の詩より)

※本シリーズでは、人名や地名は一般的に知られている表記を使用するため、パーリ語とサンスクリット語を併用しています

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