新・仏典物語――釈尊の弟子たち(10)

友よ、きみは・・・・・・

遅い、あまりにも遅すぎる――舎利弗(しゃりほつ)は胸騒ぎを抑えることができませんでした。僧坊で、友・目連(もくれん)の帰りを待っていたのです。もうとっくに帰ってきてもおかしくない時間なのに、目連は姿を見せません。

舎利弗は僧坊を出ました。外はもうとっぷりと暮れ、王舎城(おうしゃじょう)の街はひっそりとしていました。人通りの絶えた道を歩む舎利弗の足は自然と速くなりました。「舎利子、そんなに急いでどこへ行く?」。そんな目連の声がいまにも聞こえてきそうです。

舎利弗は足を止め、暗がりの中で目を凝らしました。道端に人が倒れていたからです。黄色の衣。舎利弗は駆け寄りました。

友の衣は裂け、むき出しになった身体のいたるところから出血していました。骨も砕けているようでした。釈尊やその弟子たちを快く思わない他派の修行者たちから暴行を受けたのです。

傷ついた友の身体を衣で覆い、舎利弗は目連を抱きあげ、僧坊に戻りました。医師たちの見立ては芳しいものではありませんでした。

舎利弗の心に目連と過ごした日々が湧き上がってきました。一緒に遊んだ幼きころ。祭りを見物していて虚(むな)しさを感じ共に出家することを誓った日のこと。二人で優れた師を求めていたときに釈尊とめぐり会ったこと。

言葉を交わさなくとも、心と心が通い合うものが二人の間にはありました。

それだけではありません。二人を深く結びつけていたのは、お互いに対する尊敬の念でした。自分にはないものを相手に認めていたのです。舎利弗にとっては目連の何事にも屈しない強靭(きょうじん)さが、目連にとっては舎利弗の物事に対処するときの柔軟さが、まぶしいほどに輝いて見えたのです。

舎利弗は目連を見舞い、入滅する前にそれぞれが故郷に戻って親族に教えを伝えることを話し合いました。これが二人の最後の約束になりました。

目連の坊舎を出ようとした舎利弗は目連に呼び止められました。「舎利子」。振り返ると、目連はかすかに笑ったように見えました。「きみに……きみに会えて、良かった」。舎利弗はうなずき、そして出ていきました。

約束を果たした舎利弗は目連より早く入滅し、目連も最後の力を振り絞り故郷での説法を終え亡くなりました。

そして、二人を心から信頼しておられた釈尊もまもなく後を追うかのように般涅槃(はつねはん)されたのです。

(増支部経典註より)

※本シリーズでは、人名や地名は一般的に知られている表記を使用するため、パーリ語とサンスクリット語を併用しています