新・仏典物語――釈尊の弟子たち(9)

子だくさんのソーナー

若い尼僧たちにまじってコツコツと修行に励む一人の老女がいました。高齢であるため目立ちましたが、修行僧としては一目置かれる存在ではありませんでした。むしろ、同僚たちから軽んじられている気配もありました。「子だくさんのソーナー」。そう呼ばれていましたが、愛称というよりもそこにはやや軽蔑の響きがこもっていました。

ソーナーは十人の子供を産み、そして育て、立派に成人させました。子供らが独り立ちすると、夫は出家し家を捨てて出ていってしまいました。ソーナーは財産を全て子供らに分け与えたのですが、誰一人として面倒をみてくれませんでした。

夫にも子供らにも見捨てられたソーナーは悲しみのあまり、ある尼僧のもとに赴きました。その尼僧からソーナーは、苦しみから抜け出す心の持ち方を教わり出家したのでした。

年老いたソーナーにとって、一日一日が貴重な時間でした。昼は若い尼僧たちの世話をし、夜半一人で坐禅を組む毎日でした。

人のいいソーナーは尼僧たちからよく雑用を言いつけられましたが、決してイヤな顔はしませんでした。説法の場で釈尊が説かれた、ある言葉を生きる指針としていたからです。「お湯を沸かしておいてね、ソーナー」。その日も托鉢(たくはつ)に出掛ける尼僧たちから声を掛けられました。いつものようにソーナーは水がめから湯沸かし用の容器に水を移したあと、坐禅を組みはじめました。尼僧たちが戻って来ました。湯は沸いていません。水のままです。火をおこした形跡もありません。

「何してたのよ、あんた」。尼僧たちが腹を立てはじめました。ソーナーはゆっくり立ち上がり、容器の中に手を差し入れました。するとどうでしょう。水が沸騰しはじめたのです。湯沸かし場は大騒ぎになりました。釈尊のもとに駆けだす尼僧もいました。

仲間たちからも顧みられなかったソーナーを支えた釈尊の言葉は次のようなものでした。「無為に百年生きるよりも、一日をしっかり生きたほうが尊い」。

この出来事があってからソーナーは、「努力の人」「精進の人」と呼ばれるようになりました。

「子だくさんのソーナー」と軽蔑された老女は、いつの間にか若い尼僧たちが及びもつかない遙(はる)かかなたを、ただ一人歩んでいたのでした。

(増支部経典註より)

※本シリーズでは、人名や地名は一般的に知られている表記を使用するため、パーリ語とサンスクリット語を併用しています