核兵器禁止条約の発効要件成立 庭野開祖の願いと本会の平和への歩み

1978年、国連本部で開催されたSSDIで演説する庭野開祖

庭野開祖の法話

科学の進歩は人類にさまざまな恩恵をもたらしましたが、心配のタネも残しました。その最も大きなものが核兵器の出現であります。科学者として核兵器禁止のための運動に晩年を捧げられた故・湯川秀樹博士は、「核兵器を持つと、それを使用してみたくなる。それが恐ろしい」と生前、大変心配しておられたのを覚えております。(中略)世界で初めて原爆の洗礼を受けた日本は、被爆国として核兵器廃絶・軍縮運動の先頭に立つべき使命と役割があると言えます。(1982年1月、布教区長会議から)

核戦争の結末には勝者も敗者もありません。第三者も傍観者もありません。あるのはただ人類の滅亡と生命の尊厳に対する冒とくだけです。(82年5月、SSDIIの演説に向けての談話から)

被爆者の方から直接お話を伺うと、原爆の威力や被爆の実態がよくわかります。たった一発の原爆で何十万人もの人々が亡くなり、現在でも死と隣り合わせの生活を送っている人々がいる。それがわかっていても、人類はなかなか核兵器を廃絶しようとはしません。今度、核戦争が起きたら人類の滅亡、いや地球そのものの破滅です。だからこそ、愚かな戦争は二度と起こしてはならないのです。いのちの大切さや平和の尊さを説く宗教者が率先して範を示し、協力して平和を築く努力をする――それが平和に貢献する道と確信しているからこそ、私は宗教協力に全力を注いでいるのです。(89年8月、高橋昭博・広島平和文化センター事業部長との対談から)

人を幸せにするためには、時として厳しい言葉を吐かねばならない場合があると同様に、平和のためには正しいことをキチッと提言し、世界が誤った方向に行かぬようブレーキをかけねばならない時もあるのです。それもまた、神仏の道なのです。正しいことを自信を持ってはっきり言えば、仏さまは恥をかかせないようにしてくださるのです。と同時に、論におぼれることなく、具体的な実践をたゆまず続けていくことも忘れてはなりません。そんな意味から、私は今後も、ますます軍縮のために頑張っていかねばと思います。(88年6月、SSDIIIでの演説を終えて)

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