幸せをむすぶ「こども食堂」(6) 文・湯浅誠(認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長)

画・福井彩乃

暮らしに不可欠なものとは

今回が連載6回目。後半戦に入ります。いよいよ「コロナ禍のこども食堂」に話題を移していきましょう。

新型コロナウイルスの流行という厄災の中で、私たちは「マスク着用」「三密の回避」などを奨励されています。狭いところにぎゅぎゅっとたくさんの人が集まるのはやめましょう、ということです。そして、地域のにぎわいづくりの場であったこども食堂は、まさに三密の場所でしたから、結果として、一堂に会する形での開催はできなくなりました。

とはいえ、学校は今でもやっています。保育園も、放課後児童クラブもやっています。学校や保育園だって、開催すれば人と人の接触が生まれ、感染のリスクはあります。ゼロ・リスクを求めるなら、学校も保育園も、スーパーも病院も、やらない方が安全です。しかし私たちは、コロナ感染リスクだけを尺度に暮らすことはできません。

スーパーが閉まったら、日々の暮らしが成り立ちません。学校が閉まったら、子どもの学びが保障されません。つまり、リスクと必要性を天秤(てんびん)にかけて判断しています。必要性が高いことは、たとえリスクはゼロじゃなくても「感染対策に気をつけながら実施」です。必要性が低いこと――その代表例が「不要不急の会食」です――は「今は見送り、ガマン」です。では、こども食堂はどちらでしょう? 学校や保育園のように「感染対策に気をつけながら実施」すべきものか、不要不急の会食のように「今は見送り、ガマン」すべきものか。

日本政府は前者だという立場です。今年の4月末、政府は「大型連休中の孤独・孤立対策としての子ども食堂の運営等について」という文書を発表し、「地域の感染状況を踏まえつつ、徹底した感染防止対策を講じることを前提として、子どもの居場所の確保への御配慮をお願いします」と全国の自治体に伝えました。日本政府はこども食堂を学校や保育園に近いものと位置づけ、「不要不急の会食」とは考えていません。

なぜでしょうか。キーワードは「子どもの居場所の確保」でしょう。居場所の確保は、学びの保障(学校)や日々の食(スーパー)のように、暮らしに不可欠で必要性が高い、と判断しているのです。専門家も同じ意見です。日本小児科学会や日本ウイルス学会の理事で、感染症対策に詳しい長崎大学の森内浩幸教授は、私たちのインタビューでこう語っています。「子どもにとっていろんな遊びをすることは、ある意味では勉強するよりももっと脳の発達にも良いことです。だから、感染対策をちゃんとした上で遊びや交流を続けてもらえればと思っていますし、それができるように学会としても応援していきたい」と。

居場所の確保は暮らしに不可欠――これがコロナ禍ではっきりしたことの一つだったことを、私はコロナ後も忘れずにいたい、と思っています。

プロフィル

ゆあさ・まこと 1969年、東京都生まれ。東京大学法学部を卒業。社会活動家としてホームレス支援に取り組み、2009年から3年間内閣府参与を務めた。現在、東京大学先端科学技術研究センター特任教授、全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長。これまでに、「こども食堂安心・安全プロジェクト」でCampfireAward2018を受賞した。