内藤麻里子の文芸観察(20)

残念ながら、21世紀といえども女性は子供の頃から“女”という枠にはめ込まれて育つ。徐々にその枷(かせ)に異を唱える声は沸き起こっているものの、社会は一気には変わらない。『あとかた』(2013年)、『男ともだち』(2014年)などで女性の生きづらさを繊細に描いてきた千早茜さんが、新刊の『ひきなみ』(角川書店)で、繊細さに力強さが加わった物語を紡ぎ出した。

物語は「海」と「陸(おか)」の二部構成。主人公の桑田葉と、その友人、桐生真以が織りなす人生模様だ。

「海」は、2人の小学6年生から中学1年生までの時期だ。舞台は瀬戸内の島。事情があって祖父母に預けられた葉が島にやってきて、周囲から浮いた存在の真以と出会う。葉は真以の思考を理解し、次第に仲良くなっていくのだが、ある日、島に脱獄犯が潜伏し、なんと真以はその男と姿を消してしまう。

「陸」では、葉は30代になり、東京の大手広告代理店で働いている。仕事がうまくいかずに苦しむ中、縁が切れていた真以の消息をつかむ。理由も告げず脱獄犯と逃げた真以と、捨てられたと思っている葉の歯車はかみ合っていくのか。

意表を突くストーリー展開に、何が起きるのだろうと期待感が高まるが、そこに女ゆえに枷をはめられた不条理を忍び込ませる手際が見事だ。

子供時代の不条理は、はっきりと言葉でそのおかしさを指摘しない分、物語世界に閉塞(へいそく)感を立ち上らせる。島で月1回開かれる「寄合」では、男女の席は分けられ、女はまかない方をするばかりで配膳以外に男側の席に行くことははばかられる。突飛(とっぴ)な行動を取る真以は、葉の他に誰もその理由が分からず、変わった娘との認識を新たにされるだけ。それでなくとも、真以の一家は島民から色眼鏡で見られているようだ。

大人になってからの不条理は、それを認識していく過程と、現状だけでない、歴史的な流れにも目配りしながら描かれていく。会社員になった葉は、上司とうまくいかない。いつも駄目出しされ、無能扱いされる。周囲は助けてくれない。悩んで体調を崩すありさまだったが、ようやく上司の言動をパワハラとして認識する。そこで葉が取った対抗策は起死回生の一発逆転ではなく、まっとうな抵抗だ。それゆえに琴線に触れて涙ぐみそうになる。

不条理に対して逃げるほど追い詰められた意味とか、今我慢すればいいというのは後に続く女性への問題の先送りだとか、そういった事柄をきっちりと物語の中から浮かび上がらせている。女性たちの背中を押してくれる作品と言えよう。

プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。