幸せをむすぶ「こども食堂」(1) 文・湯浅誠(NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長)

画・福井彩乃

こども食堂って?

「こども食堂」をご存じでしょうか?

子ども向けの飲食店? 食べられない子が行くところ? いろんなイメージがあるようですが、第一にはなんといっても地域の多世代交流拠点、子どもから保護者、お年寄りまで、地域の方たちが集まる場所です。

東京・調布のこども食堂に行ったときのことです。外をぶらっと歩いていたら、3軒隣くらいに保育園があり、お母さんたちが迎えに来る時間帯でした。一人のお母さんが子どもをシートに乗せながら、ママ友に「今日、寄ってく?」と声をかけ、2組の親子でそのこども食堂に入っていきました。「今日、寄ってく?」――こども食堂は、そんな感じで立ち寄る場所です。

群馬・高崎のこども食堂の方たちの集まりに出たとき、運営者のみなさんの「夢」を語ったパンフレットが配られました。「地域の方が集まる交流の場所になりたい!」「これからもこどもから高齢者の多世代交流の場にしたい!」「地域の『居間』として活用できるようにしたい!」「0歳~100歳までのごちゃまぜ居場所を目指したい!」――みなさんが異口同音に語られたのも、そのような想(おも)いでした。

現在、全国に5000カ所以上あるこども食堂の約8割が、そのような多世代交流拠点として活動しています。

だから短期間に5000カ所以上に増えたんだとも言えます。「食べられない子がいる」と聞けば「どこにいる? そんなにたくさんいる?」という感じではないかと思います。でも「地域がさびしくなった」「人のにぎわいが減った」「人の縁が薄くなった」ということなら、全国どの地域にも共通しています。そのため、そのことを肌で感じている全国の方たちが同時多発的に始めました。示し合わせてもいない、国が音頭をとったわけでもない、誰からも指示されていないし、どこからもお金は出てこないのに、北海道から沖縄まで、地域の人々が一斉にこども食堂を立ち上げたのは、こども食堂が地域の多世代交流拠点であることの何よりの証(あかし)です。「時代に棹(さお)さす」とは、このようなことを言うのでしょう。

論より証拠、現場を見れば誰が来ていて、どのような想いで運営しているのか一目瞭然なので、現場を見て「あ~そうだったんだ」とわかった人から、どんどん広がっていきました。なので近年は担い手の多様化も顕著です。

まずはお寺。こども食堂を主宰するお寺が増えました。先ほど書いた調布のこども食堂もお寺で開催されているものです。お寺はもともと地域の交流拠点でした。「それなら……」と意気に感じた住職さんたちが始めました。お寺にはみんなで食事する広間もあり、そのための厨房(ちゅうぼう)もあり、場所としても最適です。

また自治会も続々と始めています。地域の交流は自治会の仕事ですから。そして事業者。コンビニや全国規模のチェーン店がこども食堂を開催し始めています。

そんなこども食堂で日々どんな光景が繰り広げられているのか、「コロッケ事件」や「雪の日の出来事」など、私の印象に残っているエピソードを本連載ではご紹介します。

そしてコロナ!

今回のコロナ禍で、こども食堂はどうなったのか、どうしたのか。全国のこども食堂の取り組みと、そこから読み取れる教訓も、ぜひみなさんにお伝えしたいと思います。

短い期間になりますが、これからしばらくお付き合いください!

プロフィル

ゆあさ・まこと 1969年、東京都生まれ。東京大学法学部を卒業。社会活動家としてホームレス支援に取り組み、2009年から3年間内閣府参与を務めた。現在、東京大学先端科学技術研究センター特任教授、全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長。これまでに、「こども食堂安心・安全プロジェクト」でCAMPFIRE AWARD 2018を受賞した。