「時代」の声を伝えて――文学がとらえた80年(20) 番外編4 文・黒古一夫(文芸評論家)
反骨精神の文豪が描く理想とは
この物語は、独立した「吉里吉里国」が日本国と対峙(たいじ)した「1日半」のさまざまな出来事を全28章(400字原稿用紙で2500枚)で綴(つづ)ったものである。面白いのは、作中に「吉里吉里国」の国語となった「吉里吉里語」(実は、東北弁=ズーズー弁)が縦横に飛び交っていることだ。それは「日本語(共通語・標準語)」がまるで先天的なものであり、共通語・標準語こそ正しいと強制してきた権力(日本)に対する、根源的な「異議申し立て」を意味していたということなのである。
作品中では、そのような作者、井上ひさしの「反骨」精神がさまざまな場面で遺憾なく発揮されていて、「日本はこれでいいのか」といった問題提起を読む者に呼び起こし、「ユートピア小説」の世界に引きずり込んでいく構造になっている。社会全体に閉塞(へいそく)感が増す今日、一人ひとりの自由、基本的権利、地域の主体性といったことを改めて考えるにはふさわしい、一読に値する小説である。
プロフィル
くろこ・かずお 1945年、群馬県生まれ。法政大学大学院文学研究科博士課程修了後、筑波大学大学院教授を務める。現在、筑波大学名誉教授で、文芸作品の解説、論考、エッセー、書評の執筆を続ける。著書に『北村透谷論――天空への渇望』(冬樹社)、『原爆とことば――原民喜から林京子まで』(三一書房)、『作家はこのようにして生まれ、大きくなった――大江健三郎伝説』(河出書房新社)、『魂の救済を求めて――文学と宗教との共振』(佼成出版社)など多数。近著に『原発文学史・論――絶望的な「核(原発)」状況に抗して』がある。
「時代」の声を伝えて――文学がとらえた80年