「時代」の声を伝えて――文学がとらえた80年(18) 番外編2 文・黒古一夫(文芸評論家)

画・吉永 昌生

バラカの人生を通して伝えようとしたものとは

その後、首に甲状腺異常が見つかり、手術した痕が残るバラカは、原発推進派の象徴として、養父である川島の監視の下で放射能が「完全に除去された」ことを証明するために設置された地域の学校に通わせられる。また逆に、反原発の象徴として「爺さん決死隊」の老人たちが権力から逃れるように造った「農園」で生活するなど、波瀾万丈の生活を送ることになる。

しかし、最後にバラカは自分をずっと守り続けてきてくれた反原発派の若者の一人、健太(双子の弟である康太は、原発を推進する権力機構に捕えられ獄中で死亡)と結婚する。やがて健太との間に生まれたミカと北海道の小さな町で「ささやかな幸せ」を感じながら日々を過ごすことになるのだ。

この物語の大筋が、私たちに教えてくれるのは、科学の粋を集めて建設されたはずの原発の事故によって、人々は「生命の危機」に直面し、「平穏」な生活を奪われてしまうという厳然たる事実である。そして、そのような暴走する「科学」を否定した「もう一つの世界」を構想することが可能か、といった根源的な問いも、この長編には内包されている。それが、この長編が「ユートピア」を考える際に問題作として、読者を惹(ひ)きつける理由でもある。

プロフィル

くろこ・かずお 1945年、群馬県生まれ。法政大学大学院文学研究科博士課程修了後、筑波大学大学院教授を務める。現在、筑波大学名誉教授で、文芸作品の解説、論考、エッセー、書評の執筆を続ける。著書に『北村透谷論――天空への渇望』(冬樹社)、『原爆とことば――原民喜から林京子まで』(三一書房)、『作家はこのようにして生まれ、大きくなった――大江健三郎伝説』(河出書房新社)、『魂の救済を求めて――文学と宗教との共振』(佼成出版社)など多数。近著に『原発文学史・論――絶望的な「核(原発)」状況に抗して』がある。