「時代」の声を伝えて――文学がとらえた80年(5) 文・黒古一夫(文芸評論家)

敗戦―占領

もう30年ほど前のことになる。大学の授業で「戦争文学」について取り上げた時のこと。1941(昭和16)年12月8日、日本がアメリカ・イギリスなどに宣戦布告して太平洋戦争が始まったことを告げ、1945年8月15日に、「ポツダム宣言」を受諾して満州事変(1931年)以来のアジア太平洋戦争(15年戦争)が終わったという話をすると、講義の最後で一人の学生が手を挙げ、「僕は、今日の授業で初めて日本がアメリカと戦争したことを知りました。それで、どちらの国が勝ったのでしょうか?」と質問されたことがある。

私は、日本が先の大戦で「敗北」したという前提で講義したつもりだったので、件の学生の質問には大変驚いた。しかし考えてみれば、中学はもとより高校でも「近現代史」をまともに勉強してこなかった学生(若者)が多くなった昨今では、当然かもしれない。戦後も半世紀以上が過ぎ、政治や経済、文化など広範にわたって濃密な関係にある日米の間で、双方で200万人を超す戦死者を出した激しい戦いがアジア・太平洋地域で繰り広げられてきたことなど信じられない、と思う者がいても不思議ではないのだろう。

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