食から見た現代(29) 地域食堂ⅰnウォーターフロント 文・石井光太

とある家庭では父親がリモートで仕事をして終日自宅におり、子どもが通う学校ではPTAの役員まで勤めていた。だが、父親は家事を一切やらず、母親の方はスキルアップを理由にほとんど家にいなかった。
そのため、子どもは傍から見れば恵まれた家庭で育っているはずなのに、常に独りぼっちで寂しさに苛(さいな)まれていた。彼はにこにこ食堂にやってくると、決まって一食をオープンからラストまで3時間かけて食べた。家より、食堂にいたかったのである。
このように日本の家庭の暗部は、所得の高低だけでは見えないものがたくさんある。あえてウォーターフロントで食堂をやるのならば、そうした目線で家庭を見て、接していくべきではないか。そう小松氏らは考え直すようになった。
彼は話す。
「食堂を通して感じるのは、“生活障害”と呼べるような家庭があることです。親には仕事があって、それなりに経済力もあるのに、きちんとした生活をする能力に欠けている。それが家庭の食生活の歪みとして表れるのです。
些細(ささい)なことであれば僕たちで対応できますが、リスクの高いことであれば行政などにつなげなければなりません。早めに対応していかなければ、僕らの目の届かないところで問題がどんどん大きくなっていって、気がついた時には手が付けられなくなっていることもあるためです」
先に紹介した、DV家庭の会話のない母親と息子がそうだった。
にこにこ食堂に来てから数年後のある日、ついに家族が崩壊する出来事が起きた。あることがきっかけとなり、家族の間で警察沙汰になるような騒動となったのだ。行政機関が介入し、母親と息子は父親から引き離され、母子生活支援施設で暮らすことになった。長らく放置されていた問題が、限界を迎えたのかもしれない。
時を前後して小松氏らは、新しい食堂の試みをスタートさせる。勝どきデイルームで「にこにこカレー食堂」を定期開催することにしたのである。
ここでは、毎月旬の食材でカレーを作って提供したが、メニュー以外のところでにこにこ食堂と異なるのは、参加者を子どもに限定しなかった点だ。つまり、老若男女すべての人が集える地域食堂にしたのである。
この食堂をはじめた背景には、中央区特有の課題があった。ウォーターフロントでは、近年になって新築の高層マンションが次々と建てられたことで、他地域から新規で入居してくる家庭が多い。逆に言えば、それだけ地域のつながりが希薄なのである。それゆえ、住民と住民の関係をどうつくるかは大きなテーマだった。にこにこカレー食堂は、それに対する一つのアプローチだった。
小松氏は話す。

「カレー食堂は、多種多様な人たちのコミュニティという意味において、僕なりの理想形でした。食堂という一つの空間に、子どもや親や高齢者など多種多様な人が集まれば、自然と雑多なコミュニケーションが生まれるし、新しいコミュニティができ上[芽宮4.1][詠内4.2]がります。そうした関係性は家庭内の問題の可視化や解決につながるだけでなく、地域の防犯や防災といった観点においても有効です。単なる食堂に留まるのではなく、食堂発で作り上げられたコミュニティが地域を豊かにすることになるのです」
会場である勝どきデイルームは、中央区社会福祉協議会が運営していることから、子どもに限らず、高齢者や障害者などの利用も多い。そのため、にこにこカレー食堂にも必然的に多様な世代の人たちが集まるようになった。
小松氏にとって新鮮だったのが、自ら食堂の運営に携わろうという高齢者や障害者が少なくなかった点だ。ある障害者はボランティアを志願し、その理由を次のように述べた。
「いつもは人から施しを受けてばかりいる。だけど、ここでは自分が他人を支援する側になりたい」
実際にボランティアとして運営に携わってもらうと、嬉々(きき)として働いた。
にこにこカレー食堂が軌道に乗りはじめた矢先、思いがけないことが起こる。2020年4月、新型コロナの感染拡大によって、子ども食堂や地域食堂の運営が大幅に制限されることになったのだ。
厳しい状況の中でも、小松氏らは接触を避け、弁当を配布するなど細々とした活動をつづけた。いつか以前のように、食堂がにぎわいを取り戻す日がくるというのが彼らの願いだった。
2023年5月、ようやく新型コロナが2類から5類へ移行したものの、希望通りにはならなかった。食堂に高齢者や障害者はもどってきたのだが、子どもと保護者の参加者が目に見えて減ったのである。
小松氏は言う。
「コロナ禍の3年の間に、家庭のライフスタイルが変わったことが影響しているのではないでしょうか。親、特にお母さん同士のコミュニティが失われて、口コミで集まることがなくなりました。また、宅配サービスなどが普及して、必ずしも子ども食堂だけに頼らなくていいようになったのです。
高齢者や障害者も、食堂での過ごし方が変わりましたね。それまでは対面や隣同士で食べていたのに、急にお互いに距離を取るようになり、あまりかかわらなくなった。コロナ禍で自然と身についた習慣がそのまま残ってしまったのでしょう」
私自身、同じようなことは他の支援団体からもたびたび耳にしてきた。食堂だけでなく、塾や遊び場など「第三の居場所」を作ったものの、アフターコロナの社会変化によって、それまでの行動様式が変わり、人と人との関係性が薄れた、と。特に中央区のウォーターフロントのような場所では、それが顕著なのかもしれない。
小松氏はつづける。
「それでも僕らは諦めずにやっていくしかないと思っています。カレー食堂の方は参加者の顔ぶれが変わりましたが、そこはそこで子ども食堂とは異なる課題があると思っていますし、つづけていればいろんなものが変わってきますから」

中央区でにこにこ食堂が最初に開催されて、9年の歳月が経った。
近年は、アフターコロナの生活様式の変化だけでなく、中央区には不動産価格の高騰や外国人の移住など新しい波が押し寄せている。そうした中で、小松氏らは今後の子ども食堂の運営に何が必要だと考えているのか。
小松氏は話す。
「どの子ども食堂も同じだと思うのですが、課題は大きく二点に集約されます。資金と人材です。
子ども食堂は、単に胃袋を満たすだけでなく、親子が『おいしい』と感動して心が温まる食事を提供しなければなりません。長くやっていれば、その分だけ認知度は上がりますが、物価高騰の波の中で良い食材を購入し、数十人分の食事を提供するには、財政基盤を安定させなければなりません。
また、事業継承も重要なポイントです。僕たち初期メンバーが、今後10年、20年とずっと先頭に立ってやりつづけることはできません。どこかで若手にバトンタッチする必要があります。でも、僕らと同じ熱量で、食材の用意から献立、調理、そして家族支援までできる人の育成は一朝一夕ではできません。人材探しから教育までそれなりに時間がかかることなのです」
これらの課題を踏まえ、小松氏は2025年に「中央区みんなの子ども食堂」というランチョンマットを作成し、無料で配布する取り組みをスタートさせた。
にこにこ食堂の誕生以来、中央区では10を超す団体が類似の食堂を展開している。それぞれ運営の経緯や目的は異なるものの、それぞれが抱えている課題はほとんど変わらない。
そこで小松氏は団体の垣根を超えて、中央区の子ども食堂がつながることが重要だと考えた。そしてこのランチョンマットを発行することによって、団体同士が連携してスポンサーを募ったり、人材を募集したりする仕組みを作ったのである。ゆくゆくは、それが課題の解決につながると考えている。
小松氏は説明する。
「食堂ごとに特色があるのはいいことですが、バラバラにやっていても限界はあります。事実、せっかく子ども食堂を開設しても数年で解散してしまうようなところも少なくありません。団体ごとに思想は異なりますので一緒になる必要はありませんが、同じ中央区で子ども食堂を展開する者同士、助け合えるところは助け合いながら、子どもの人生をより良いものにしていくべきだと思っているのです。僕は子ども食堂には計り知れない力があると信じていますので、それを発揮できる環境を整えたいのです」
子ども食堂が持つ計り知れない力とは何か。小松氏には忘れられない出来事がある。
にこにこ食堂に、障害を持った女の子が母親に連れられて通っていたことがあった。この女の子には失語症もあり、食堂に来てもまったく言葉を発しなかった。
そんなある日、小松氏らが食堂で「豚肉のはさみ揚げ」を提供した。豚の薄切りロースにトマトやチーズを挟んで焼いたものだ。
女の子はそれを食べた瞬間、口を開いた。
「……おいしい」
隣にいた母親は目を丸くして驚いた。失語症だったはずの娘が、目の前ではっきりと言葉を発したのだ。
「え、何て言ったの? もう一度言って?」
母親はそう言ったが、女の子は口をつぐんだ。だが、そこにいた誰もが彼女が「おいしい」と言ったのをたしかに耳にしていた。
なぜ、この女の子は急に言葉を発したのか。女の子はその理由を自ら語ったことは一度もない。だが、小松氏らは一つの確信を持っている。おいしい食事には、そうした奇跡を起こすだけの力はあるはずだ、と。
小松氏が願っているのは、そういう食の力を一人でも多くの子どもに提供することだ。そこからいろんなものが変わっていくと確信しているからだ。
そんな思いと共に、にこにこ食堂はウォーターフロントのビルの一角で毎月開催されているのである。
プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』『蛍の森』『43回の殺意』『近親殺人』『少子化に打ち勝った保育園─熊本「やまなみこども園」で起きた奇跡─』(新潮社)、『物乞う仏陀』『アジアにこぼれた涙』『本当の貧困の話をしよう』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)、『傷つけ合う子どもたち』(CEメディアハウス)など多数。その他、『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』(ポプラ社)、『みんなのチャンス』(少年写真新聞社)など児童書も数多く手掛けている。最新刊に『「ことばで伝える」ができない子どもたち 誰が〈ことばの力〉を育てるのか』(日本実業出版社)。





