食から見た現代(26) 「おすそわけ」がつなぐ人と人との縁 文・石井光太(作家)

画像はすべて「おてらおやつクラブ」提供
子どもが学校から家に帰った時、食卓の上に用意されていて一番嬉(うれ)しいものは何だろう。
きっと「おやつ」と答える子どもがもっとも多いのではないだろうか。ポテトチップス、シュークリーム、チョコレート、ビスケット、メロン、カップヌードル、揚げパン……。
育ちざかりの子どもにとって、家のソファーに寝ころび、大好きなお菓子で空腹を満たすのは至福の時間だ。
私自身、子ども時代をふり返った際に温かい記憶として思い浮かぶのは、家でのんびりとおやつを食べている時のことだ。
しかし、と考えてみてほしい。もしあなたの思い出の中に、家に帰っておやつが用意されていた経験が一度としてなかったら、と。
本連載では、これまで何度も日本の貧困について言及してきたが、そのような家庭は決して珍しくない。つまり、経済的な問題で、家でおやつを食べる習慣のない子どもたちが一定数存在するのだ。
こうした家庭に長らく手を差し伸べてきた認定NPO法人「おてらおやつクラブ」の活動について見ていきたい。
奈良県磯城郡田原本町に、約400年の歴史を持つ浄土宗の安養寺というお寺が建っている。

このお寺の本堂には、おてらおやつクラブのボランティアスタッフが定期的に集まる。檀家(だんか)や地域の人たちからお寺に提供されたたくさんのお供え物を整理して、段ボールに詰め込む作業をするためだ。支援対象のひとり親家庭に段ボールが一つずつ届く仕組みになっているが、お供え物が主とはいえ、食料品の他にも、洗剤や化粧品など日用品も含まれている。
スタッフは、一つの段ボールにできるだけ多くの品を詰めようと必死だ。ご家庭に送る品が多ければ多いほど、段ボールを開けた時に子どもが満面の笑みを浮かべて喜ぶからだ。
段ボールがお供え物で満たされると、スタッフは手書きのメッセージカードを入れて封をする。それらは匿名化された送り状がつけられ、それぞれの家庭へと発送されていく。
2013年からはじまったおてらおやつクラブの活動は全国の都道府県に拡大し、今や2388のお寺が賛同して、各地域に暮らす困りごとを抱えるひとり親家庭へ同様の支援を行っている。支援対象は2万1826世帯のひとり親家庭。全国の1044に及ぶ子ども支援団体と協力して日々「おすそわけ」を届けるほか、各地の支援団体へ橋渡しをする活動に注力している。各家庭とは手紙やLINEでつながっており、頻繁にお礼の言葉が届く。
次は、シングルマザーからの手紙の文面である。
〈届いた段ボールをあけながら小学生の2人はわー!と歓声を上げて目をかがやかせ、高校生の娘とわたしは手づくりのマスクに感動して顔を手でおおって泣いていました。
入っていたお手紙を見て、ああ、子どもたちにはおばあちゃんはいないけど、会ったことがなくても、こうして気にかけてくださる人がいるんだと、とても励まされました。ひとつひとつのお品物が、どなたかが手でていねいに包んでくださっているのが伝わってきました。ほんとうにありがとうございます〉

このような手紙を見ると、お供え物を送ることが、どれだけ家族の心を温かくするかがわかるが、一方で生活困窮によって子どもたちが多くのものを奪われた状態で生きている過酷な状況も伝わってくる。
実は、おてらおやつクラブの活動がスタートしたのは、こうした家庭で起きた一つの悲劇がきっかけだった。
おてらおやつクラブの創設者であり、安養寺の住職である松島靖朗氏(50歳)が、テレビで流れたニュースに釘付けになったのは、2013年の5月のことだった。
大阪市北区天満のマンションで、28歳の母親と、3歳の男児が餓死しているのが発見されたのである。
警察の調べによれば、母子は長らく生活に困窮しており、家には冷蔵庫もなかったという。ガスも水道も未払いで止められており、わずかな塩を舐(な)めて糊口(ここう)をしのいでいた形跡があったそうだ。
最初に男児が、次に母親が衰弱の末に命を落とした。死体解剖の結果、胃には内容物がなく、家の中からは「最後におなかいっぱい食べさせられなくて、ごめんね」という母から子に宛てられたメモが発見されたらしい。
このニュースを見た松島氏は、貧困とは無縁の生活をしてきた。由緒ある寺の長男として育ち、紆余(うよ)曲折あったものの早稲田大学を卒業した後に、大手企業でスタートアップに関する投資等の仕事をし、30代になってから仏門に入った経歴の持ち主だ。
だからこそ、彼はニュースを見た際に、今の日本社会で母子が貧しさゆえに餓死しているという事実に愕然(がくぜん)とした。ちょうど第一子が生まれたのも重なり、自分に何かできることはないのかと思わざるをえなかった。
悩んでいたある日、彼は妻から次のような言葉をかけられた。
「うちのお寺にあるお供え物をどこかに届けたらいいんじゃないかな」
お寺には、葬儀や法事の際に寄せられた“お供え物”がたくさんある。伝統的に、お供え物は、お寺が自分たちで消費するか、「おすそわけ」と言って檀家など関係者に分けていた。その仕組みを、生活に困っている世帯に応用するというのだ。
松島氏は膝を打ち、支援団体に相談して生活支援を必要とする母子世帯を紹介してもらい、お供え物を送ることにした。最初の頃はそれなりの達成感はあったが、生活困窮する人の数や実態を知れば知るほど、もっとこの活動を広めなければという使命感が膨らんでいった。
そこで松島氏は知り合いの寺の住職に連絡して協力を依頼した。ほとんどの住職がお寺を通した社会課題の解決に関心を抱いていたことから快く引き受けてくれた。
こうした支援の輪は数年のうちに47都道府県に広がり、宗派や宗教の枠も超えて、神社、教会までもが協力してくれるようになった。
現在、おてらおやつクラブは、大きく二通りの仕組みで支援を行っている。お寺からひとり親家庭にお供え物を届けるのと、支援団体に送ってそこから各家庭に届ける仕組みだ。宅配会社と協力して匿名性を守れるようにもしている。
コロナ禍以降、フードバンクなどの生活困窮者への食料支援は大幅に増えた。ただ、松島氏は、それとおてらおやつクラブは少し色合いが異なると話す。彼の言葉だ。
「私たちの取り組みが、一般的なフードバンクと決定的に違うのは、様々な人の思いが込められたお供え物を送り届けている点です。

フードバンクは、流通の過程で活用されず、賞味期限が差し迫ったり、何らかの事情で商品にならなかったりした食料品が支援物資となっています。流通の最後に残った品が届く仕組みなのです。
しかし、お供え物は、仏様にお供えしようと思った品です。そこにはお寺にお供え物をした人の思いが込められている。もちろん、それらの支援にも多くの人の思いが込められています。そのうえで、おてらおやつクラブでは、お供え物に託された気持ちや、それを手渡していく過程で生まれる人のぬくもりといった『思い』を、特に大切にしたいと考えています」





