密航移民にパスポート(国境)は無い――教皇がカナリア諸島からアピール

密航移民たちの「墓標なき巨大墓地」と化した地中海。2024年から現在に至るまで、アフリカ大陸から欧州大陸に向けて地中海を渡った3万1000人(少なくとも3500人が未成年者)の密航移民が溺死、あるいは行方不明となっている。

「死のルート」と呼ばれるようになった地中海で、最大の「ホットスポット」(仮収容施設)があるのが、イタリア本土のシチリア島から南へ約300キロに位置するランペドゥーザ島だ。2013年には、368人の密航者が同時に難破、溺死する惨事が発生した。23~24年には、9万4290人が同島に漂着。最大の波は同年9月で、48時間で7000人超(このうち4000人超は24時間以内)が押し寄せてきて、密航者の収容施設はパンク状態に陥った。

ところが、欧州各国が「地中海ルート」を渡ってくる密航移民に対する規制を厳格化したことで、比較的緩やかな規制政策を施行するスペインのカナリア諸島に向けた「大西洋ルート」を選択する密航移民が増えてきた。だが、大西洋ルートは「最も死亡率が高いルート」と呼ばれている。24年には、5月までの間に、マリ、セネガル、モーリタニアなどから1万8000人の密航者が漂着し、5000人が溺死した。ローマ教皇レオ14世は、スペイン訪問最後の地となったカナリア諸島で、大西洋の荒波にのみ込まれて命を失った密航者たちの霊を弔うとともに、漂着した密航移民を擁護して励まし、欧州各国に受け入れ政策をアピールした。

同諸島のアルグイネグイン港で6月11日、密航移民の受け入れ関係者たちと出会った教皇は、彼らへのスピーチの中で、「私たちは、恐怖、飢餓、暴力にさらされ、砂漠、暗闇、海を渡って漂着した人々のうちに、(十字架上で死した)キリストを見ることができただろうか」と問いかけた。「カトリック教会は、この海、そして、飢え、渇き、暴力、恐怖や強制移住によって、人間の尊厳性が損なわれている場所を忘れてはならない」とも訴えた。

教皇は、アルグイネグイン港で、地元の行政代表や教会関係者、支援団体、移民たちと会った

海は、脅威、暗闇、混沌(こんとん)のイメージを持つが、旧約聖書では、エジプトでの奴隷制からイスラエルの民を解放させるために、紅海の水を分けて渡らせた神の権能を表す。新約聖書では、キリストが水の上を歩き、嵐に狼狽(ろうばい)する弟子たちの前で荒波を静めた。教皇はこれらに言及し、「信仰は、海の力の前でも麻痺(まひ)しない」と励ました。自然をも鎮める権能を有する神の声が響き渡る海において、多くの私たちの兄弟姉妹がのみ込まれ、奴隷となり、見捨てられていくことをカトリック教会は容認できず、沈黙していられないと語った。

また教皇は、密航移民の問題と密接に結び付く、女性の人身売買や性的搾取にも言及。「他者が貴女の身体に値段を付けたが、神は常に、貴女がかけがえのない価値を有する人格であるという視点で評価している」と伝えた。密航者たちのドラマ(劇的な状況)が、各国にとっての「良心の呵責(かしゃく)」とならなければならないと主張し、「出生国は、彼らに平和、正義、発展を保障し、通過国は、彼らを擁護し、より弱き者が犯罪組織の網に引っかからないよう注意をしなければならない。欧州には、地中海と大西洋を墓標の無い墓地とし、人間の尊厳性を主張することができないことを思い起こさせ、国際社会には、効果的で忍耐ある協調を要請する」と述べた。

さらに、教皇は、行政機関、議会、政権、国際機関、キリスト教や諸宗教の共同体、そして全ての善意の人々に対し、「漂着してくる一隻の密航船は、密航移民を乗せているだけではなく、一つの問いをも運んでくる」と強調。それは、「こんなに多くの兄弟たちが、生を求めるために死の危険に直面しなければならないなら、私たちは今まで、どんな世界を構築してきたのか」という問いだ。人間の尊厳性が法的に保障されるとともに、「安全な移民回廊、救援と支援、人身売買業者に対抗するための現実的な協調、犠牲者の効果的な擁護、誠実な受け入れと同化プロセス、各自が自国で尊厳性をもって生活できる政策」を要請した。

最後に、教皇は、飢餓、戦争、迫害、暴力がなく、(気候変動によって)土地が不毛となり、汚職が貧者の食料を奪い、子どもたちの未来を剝奪(はくだつ)しないような、「自身の家に残る権利」が保障されなければならないとアピール。「死者を数えることに慣れてはならない」と戒め、「人間の尊厳性にパスポートは無く、国境を超えてもその価値は無くならない」と訴えた。

スピーチするローマ教皇レオ14世

カナリア諸島最大の島であるテネリフェ島を訪れた教皇は12日、密航移民の現地への統合を推進する機関の関係者たちと出会い、彼らに「密航者の統合問題が、事象を違った視点から読み解くことを教えている」とスピーチした。違った視点とは、眼前で(その実態を)認識しないまなざし、個々の人間の顔を数字で置き換え、彼ら個人の歴史を一通の文書として扱い、違いを距離として判断する傾向のことだ。だが教皇は、「福音(聖書)は、より深い実在の解読に向けて私たちを教育する」と説示。「より深い実在の解読」とは、密航移民に寄り添い、忍耐をもって救援し、統合へと導き、指針を出し、教育し、道を開拓していく能力を伸ばす手の差し伸べ方から生まれるという。そして、密航移民との連帯は、「彼らの有する人間としての尊厳性の認知から生まれる」と伝えた。

教皇は、移民が現地で生活することは、彼らの(個人的)歴史を抹消したり、記憶を忘れさせたりすることではないとも警告。移民を受け入れる社会において、現地の共同体と移民社会が出会うことなく、平行線上にある二つの世界で別々に生きる危険性についても警鐘を鳴らした。移民の統合は、現地の人と移民が共に歩まなければならない道だという。移民は、新しい土地で生きることを学び、受け入れる現地の人々は、自身のアイデンティティーを薄めたり、出会いに心を閉ざしたりすることなく、自身の家を開け広げていかなければならないと強調。そのためには、移民を「法的規範や対処しなければならない問題として扱う前に、神の似姿として創造された人間(の尊厳性)に対する配慮が必要とされる」と説いた。全てを捨てて砂漠を放浪し、難破を覚悟で暗い大西洋の荒波を渡った密航移民が、漂着先で孤立し、言葉も知らず、社会的な絆も失い、仕事も、信頼する人も無く、彼らの弱さにつけ込む犯罪組織と出遭うという、「もう一つの難破」に遭遇することが無いようにと願った。

最後に、教皇は、密航移民の絶望に付け込み、死への旅を組織化して労働力として搾取し、女性を恐喝したり、家族をだましたりし、他者の苦しみをビジネスとする組織犯罪者たちに対して、「停止せよ! 改心せよ!」と叫んだ。

カナリア諸島での全日程を終えた教皇は12日、バチカンに戻ろうとしたが、教皇専用機に不具合が発生し、スペイン国王の専用機で帰国の途に就いた。