気づきを楽しむ――タイの大地で深呼吸(4) 写真・文 浦崎雅代(翻訳家)

風と太陽のオフグリッド生活――不便さの中にある豊かさ

「オフグリッド」という言葉を聞いたことがあるだろうか。電力会社から送電網を引いて電力を賄うのではなく、自分たちで電気をつくってしまうという、いわば自家製電力のことだ。実は私たちが住むライトハウスは、完全オフグリッド。風力と太陽光。二つの自然エネルギーから、生活に必要な最低限の電力を賄っている。

私は最初、電力にはそれほど関心がなかった。生まれた時から電力があるのが当たり前。電力というのはどこか遠くの場所で、遠くの誰かが発電するもの、個人で発電するなんて相当難しいし、決して安くはないだろうと思い込んでいた。

しかし、実際に今、自然の力だけで暮らすことができている。移住した当初は、わが家の電力の全てを、太陽光発電で賄っていた。かんかん照りの日は夕方まで電気があるが、曇りの日は昼間でも突然ブチッと切れる。そんな時、〈本当に太陽のエネルギーが電気に変わっているんだ!〉と実感する。もちろん不便だな、という思いも時に生じるけれど、それ以上に自然とのつながりを実感できる瞬間だ。

その後、タイの「自家製風力発電の達人」との出会いがあった。独学で風力発電を研究開発している彼は、ワークショップを開き、経済的に貧しくても風の力で電力が賄えるよう、その技術を伝えている。彼の手ほどきを受け、わが家も手づくり風力発電機を取りつけた。高さ12メートル、羽根の部分の全長は約2メートルだ。経費は10万円ほど。本当に風の力が届いた。

私は今、朝起きるとまず太陽と風を丁寧に見る。今日はどんな天気になるのか予測して、一日の行動を決める。以前気にしていたのは電気料金の明細だったが、今は毎日の天気。太陽光と風が十分な日は、いつもより多く洗濯をする。そうでない日は、最低限仕事ができるようパソコンの分の電力だけを頂く。自然のゆらぎに自身を合わせる暮らしは、「こうでなければいけない」という思考の枠を外し、「案外なんとでもなる!」ということを教えてくれる。

不便さの中にある豊かさ――今、自分に必要なものは何か。常に自然からそう問われることで、ムダなものを手放しやすくなった。真っ暗になった夜8時には就寝。私自身も、そして家族もそれぞれの体と心のエネルギーを蓄える。

エネルギーも人の命も有限。そうした当たり前のことを、便利さを享受する中で、いつの間にか実感しにくくなってきてはいないだろうか。光ある瞬間と光なき暗闇、風そよぐ心地よさと風のない静けさ。どちらも自然の恵みであり、そこに優劣はない。不便さに心を開いてみると、思わぬ発見があるものだ。

プロフィル

うらさき・まさよ 翻訳家。1972年、沖縄生まれ。東京工業大学大学院博士課程修了。大学在学中からタイ仏教や開発僧について研究し、その後タイのチュラロンコン大学に留学した。現在はタイ東北部ナコンラーチャシーマー県でタイ人の夫と息子の3人で生活している。note(https://note.mu/urasakimasayo)にて毎朝タイ仏教の説法を翻訳し発信している。