気づきを楽しむ――タイの大地で深呼吸(41) 写真・文 浦崎雅代(翻訳家)

もうご飯は食べた?――相手を窮屈にさせないさりげなさ

「キンカーオ・ルーヤン?」。タイを訪れるようになった最初の頃、よく尋ねられた言葉だ。意味は「もうご飯は食べた?」。初めて会う人からも、よく知っている人からも声を掛けられた。「まだ」と答えると「一緒に食べよう」と誘われ、「食べた」と言うと相手はホッとした表情を見せる。いつしかタイにいると、私自身も言ったり言われたりするのが当たり前になり、あいさつ代わりの言葉になった。

現在、新型コロナウイルスの感染拡大による影響を受けて、タイでも緊急事態宣言が出され、行動制限が続いている。今のところ、タイ国内における爆発的な感染拡大は食い止められているが、油断はできない。感染は拡大していないものの、経済的に困難な状況に追い込まれている人たちも増えている。休業を強いられ、果ては失業、リストラ、解雇、転職と、予想もしなかった人生の変化に、多くの人が直面した。

この急激な変化の中で、どう生きていけばいいのだろう。困惑するところだが、タイの人々のある行動に学ぶことがあった。それは「分かち合うこと」と、「まずは善きことを躊躇(ちゅうちょ)せずにやってみること」だ。その象徴がトゥー・パンスック(幸せのおすそ分け棚)。これは、有志の方が家の前や道端に棚を置き、その中にカップ麺や缶詰などの保存できる食料品やペットボトルの水を並べて、「経済的に苦しい人は誰でも無料でその棚にあるものを持って行っていい」という仕組みである。困っている人は誰でも頂いていいという棚は、同時に、誰でも食材を提供していい、ということになっている。いわば、間接的な助け合いプロジェクトが棚一つで成立しているのだ。

都市部で受け取ったお布施の品を仕分けて、村人におすそ分けするお坊さんたち

海外の取り組みにヒントを得て有志で始まったこの取り組み。当初はマナーを無視して独り占めが多発するだろうという懸念の声も聞かれたらしい。しかし、〈まずは実際にやってみよう〉と思った人がすぐに始めた。すると、簡単に誰もが始められる活動だという評判が口コミで広がり、予想以上のスピードで各地に棚が置かれていった。マナー違反をする人も一部にはいるようだが、おおむね設置の趣旨を理解して、必要な方が受け取り、また余裕のある方は食材を提供している。また棚から食材をもらった人でも、お金が入ったら自分で別の食材を買って、その棚にそっと入れる、そんな循環も見られるのだという。

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