気づきを楽しむ――タイの大地で深呼吸(35) 写真・文 浦崎雅代(翻訳家)

「ちょっと待とう」から「今すぐやろう」へ――パイサーン師の新年のメッセージから

新しい年を迎えると、楽しみにしていることがある。それは、この連載で何度か登場して頂いているスカトー寺の現住職、パイサーン・ウィサーロ師の新年メッセージだ。動画でアップされたものをほぼリアルタイムで翻訳する。それが私の初仕事である。今回はぜひ要約してお届けしたい。

「新年になりました。どうぞ、年だけを新しくしないように。心も新しくしてくださいね。年は新しくなったのに、心がまだ昨年のことに気を煩わされて引っかかってはいませんか? 昨年出合った出来事、悲しいことや気になっていること――それらを引きずっていると、心が新しくなってはいません。新年は、心をオープンにすることができる新たな機会なのです。新しい可能性を開くということです。私たちにできること、それは新たに生じさせることです。

失敗を犯してしまった人もいるでしょう。その失敗について考え込んでいる人もいるでしょう。そうした人も、新しく始めることができるのです。過去の失敗を、教訓とする。それは新しい可能性を切り開くために大切です。過去の引っかかりはないという方は、新しく、より善きことをやってみるという機会にするのも非常に良いですね。

善きことをなすことからくる幸せ。困難なことを成し遂げることからくる幸せ。他者を手助けすることからくる幸せ。

これらの幸せは、何かを嗜好(しこう)したり、何かを得たりすることからくる幸せよりも、はるかに崇高なものです。新しいスマホや車を得た、映画を見た、音楽を聴いた、おいしいご飯を食べた――もちろんこれらも幸せを感じるものです。しかし、それ以上の幸せがあるのです。それは、心の穏やかさからくる幸せです。心の穏やかさからくる幸せとは、五感を刺激して満足するという終わりなき欲求から解放され、自由になる幸せです。生活の中で、欲しい欲しいという刺激から離れ、心穏やかになる時間をつくること。それは心を休めることでもあります。心を十分に休ませることができると、心のスペース、つまり余裕が生まれてくるのです。

パイサーン師

人生では、やりたいことがたくさんあることでしょう。それなのに、実行を先延ばしにしていませんか? やればいいとは分かっている。でも、今やらなくてもいいと先延ばしにしてしまったこと。例えば、運動や瞑想(めいそう)修行、両親や子供たちと一緒の時間を過ごすこと。こうした大切なことを、私たちはしばしば後回しにしてしまうのです。今年は、大切だと思う善きことを先延ばしにしないでやっていきましょう。『ちょっと待とう』を口癖とせずに『今すぐやろう』に変えてみてください。

そして忘れないでください。新年を迎えられたということは、私たちは死ぬことなく一年、生き永らえた、ということです。しかし同時に一年死に近づいた、ということでもあります。この世に命ある時間が一年短くなりました。気づきを怠らないように。うっかりしないように。善きことをなしていくこと。実践するのにふさわしい善きことを先延ばしにしないこと。

『ちょっと待とう』から『今すぐやろう』へ――人生がどんどん向上していきますよ」

新年を迎えることの意味と真実。私たちはついつい、新年を行事や祝い事としてのみ認識しがちだ。しかし、ありのままに観(み)れば、誰一人例外なく、確実に死という命のリミットに近づいている。今なすべき善きことを、躊躇(ちゅうちょ)せず踏み出す勇気があるか。ささやかだが、確かな実践を私も心がけ、この一年を歩んでいこうと思う。

実は今年11月、パイサーン師が日本を訪れ、講演と瞑想会を行う予定になっている。師からの学びを必要とする方たちと、日本で善き縁を紡ぐこと。それは、私の長年の夢であり、大きなチャレンジでもある。「今すぐやろう!」の実践を今ここから始めていこうと思う。どうぞ今年もよろしくお願いいたします!

プロフィル

うらさき・まさよ 翻訳家。1972年、沖縄県生まれ。東京工業大学大学院博士課程修了。大学在学中からタイ仏教や開発僧について研究し、その後、タイのチュラロンコン大学に留学した。現在はタイ東北部ナコンラーチャシーマー県にある瞑想(めいそう)修行場「ウィリヤダンマ・アシュラム」(旧ライトハウス)でタイ人の夫と息子の3人で生活している。note(https://note.mu/urasakimasayo)にて毎朝タイ仏教の説法を翻訳し発信している。