気づきを楽しむ――タイの大地で深呼吸(18) 写真・文 浦崎雅代(翻訳家)

日本では、洞窟に入ることに馴染(なじ)みがなく、特別なことのように感じるだろう。しかし、タイで自然の森や洞窟に親しんで暮らしている人にとって、何ら不思議はないのだ。コーチが子供たちを危険な場所へ連れて行ったのではないか? と思うかもしれないが、現地の報道や救出後の本人たちの記者会見を見る限り、そのような印象はない。あっという間に水かさが増したので、洞窟の奥に逃げ込んだのだという。

私たちは思いがけず危機にさらされることがある。もし私が彼らと同じように、どこかに閉じ込められ、助けに来てくれるかどうかも分からない状況に追い込まれたら……。そう考えると、あの真っ暗闇の中で心を落ち着かせることが、いかに困難なことであったかと容易に想像できる。励まし合える仲間がいたとはいえ、いつ誰かがパニックになってもおかしくなかったはずだ。あの状況で一番の危険なのは、食料がないことでも、空気が薄くなることでもない。パニックになって自暴自棄に陥ることだろう。恐怖にのみ込まれ、自分で自分を傷つけたり、無茶な行動に出たりしたかもしれない。心を穏やかに保つことが、命を救う可能性を高めることであると世界中に教えるニュースだったと思う。

危機管理――それは、事故に遭わないようにする、あるいは、体が傷つかないようにするだけでは不十分だ。生命が脅かされそうになった時、いかに「心の危機管理」ができるか。その術の一つとなるのが、まさに瞑想であると思う。「今、ここ」の、この瞬間に生じている思考や感情に巻き込まれない。一瞬巻き込まれても、再び、「今、ここ」に気づきを戻していく。普段の心のトレーニングが、いざという時に本当に役に立つことを、若い少年やコーチたちから深く学ぶ出来事であった。

プロフィル

うらさき・まさよ 翻訳家。1972年、沖縄県生まれ。東京工業大学大学院博士課程修了。大学在学中からタイ仏教や開発僧について研究し、その後タイのチュラロンコン大学に留学した。現在はタイ東北部ナコンラーチャシーマー県でタイ人の夫と息子の3人で生活している。note(https://note.mu/urasakimasayo)にて毎朝タイ仏教の説法を翻訳し発信している。