教皇とオラー氏のAI見解(海外通信・バチカン支局)

会見で回勅公表の意図を説明するレオ14世
ローマ教皇レオ14世による人工知能(AI)に関する回勅「AI時代における人間性の保全」(「Magnifica Humanitas(マニフィカ・フマニタス)」/ラテン語で「素晴らしき人間性」)の公表記者会見が5月25日、バチカン市国内のシノドスホール(世界司教会議ホール)で開催された。記者会見に出席した教皇は、米国の新興企業「アンソロピック社」の共同創設者であるクリストファー・オラー氏に謝意を表しながら、同回勅を公表した意図について説明した。
教皇は回勅の動機を「カトリック教会は、福音と人間の尊厳性を光明として、“新しい事象”を読み解く」と明示。その「新しい事象」(ラテン語で「Rerum Novarum」)とは、135年前に教皇レオ13世が、石炭をエネルギー源とする「産業革命」(18世紀半ばから19世紀)と、その変革が誘発した種々の社会問題に対処するため、福音という視点から人間の尊厳性を訴え、カトリック教会史上初めて「社会理念」を統合した回勅の名前だ。レオ13世はその回勅によって、進展する産業革命の中で、「労働者の条件、ルーツ(根)を失いつつある、彼らの家族、急速な産業変革の生み出す新しい形での貧困」などの現象を眼前に、「画期的な変革の時が、人間の尊厳性を脅かしている」との警鐘を鳴らしたのだ。

「レオ」を自身の教皇法名として選んだ教皇レオ14世は、「われわれが現在、(産業革命と)同様の側面を有し、それ以上の影響を及ぼす変革に直面している」と分析。「AIが既に、われわれの生活の多くの分野に影響を及ぼし、人間との共存を形態化している」がゆえに、「戦争の遂行形態も、劇的な形で変革されている」と危機感を持つ教皇は、レオ13世のように、「私も、信仰の眼、明晰(めいせき)な理性、神秘の受け入れを通し、また、私の心の内に響き渡っている地上の貧者の叫び声にも動かされ、この、もう一つの大きな変革に対処するように誘(いざな)われている」と表明した。
教皇はまた、自身のAI回勅の草案と編集を、「傾聴」することによって開始したと明らかにした。科学者、エンジニア、政治指導者、公務にある人々、両親、教育者などと対話を展開する自身の耳に、「どんな人間や政府によっても制御できなくなりつつある、より自律的な兵器システム」や、「偏見、不正義によって汚染されたデータを使い、医療制度、労働、安全保障などへのアクセスを停止させてしまう処理手順(algorithm)」などに対する憂慮の声も入ってきたと述懐。教皇が得た「傾聴」からの確信は、「AIが非武装化されなければならない」だった。
「カトリック教会は、以前から、核兵器の廃絶のために努力してきた」と主張する教皇は、「核兵器の廃絶が、人類の平和と尊厳性への奉仕であり続ける」のと同様に、「AIを非武装化していく必要性があり、支配、排除、死の道具に変貌させる論理から解放していかなければならない」と戒める。核の平和利用と同じように、AIは共通善実現のための手段にならなければならないのだ。また、「人間の批判精神が弱まる時、平和そのものが危険に陥る」とも主張する教皇は、「AIを恐れてはならないが、人間性に関する配慮も忘れないようにしよう」と呼びかけた。
教皇は記者会見でのスピーチの最後に、「誰も、デジタル変革から取り残されることのないように」とアピールし、「ごく少数の特権者のためではなく、人類全体のための未来構築を」と訴えた。カトリック教会が「AI討議プロセスの一部でありたい」と願う教皇は、「相互に傾聴し合うことを学び、(中略)より人間的で兄弟愛に沿った社会構築のために、勇気をもって現代の挑戦に応えていこう」と励ました。
バチカン記者室は5月29日、教皇レオ14世が、カナダのマーク・カーニー首相と電話会談したと公表。電話会談の議題は、「教皇回勅『素晴らしき人間性』の公表を契機に」「倫理と人間存在を視野に入れた、AI開発に関する対話の重要性」だった。アンソロピック社の共同創設者であるクリストファー・オラー氏の出身国はカナダだ。バチカンでの記者会見に出席したオラー氏は、AI開発の最前線で働く諸機関の研究者たちが、「正しいことを行おう」と希望しながらも、経済や地政学、そして、最先端であるという研究者自身の誇りや野心などからの刺激や制約を受け、往々にして葛藤状態に陥ると説明した。この理由から、「技術がより良く進展する」ためには、「こうした刺激や制約の外にあり、技術のより良き進展を望む人々の存在が必要」だと主張した。これは、AI技術の開発を「緊密にフォローし、厳しい言葉をも口にし、われわれの熱心で思慮深い批判者」のことだ。

回勅に署名するレオ14世
オラー氏は、「対話と相互の努力、駆け引きによって、人類が偉大なことを実現する」と判断する。この視点から、教皇とカトリック教会の回勅を評価する同氏は、「私たちは、往々にして、分断された世界に住んでいるが、尊厳性に満ちた人類は、多くの共通する地平を持っている」との確信を表明した。「アンソロピック社が、世界の諸信仰、文化伝統との対話を通して得た一つの分かち合い、深く信じた確信は、AI技術は、われわれの共通の家と次世代の子どもたちのために、うまく進展されていかなければならない」とのことだ。
AIが提供する問題は、コンピューター技術研究共同体の領域を超えるもので、コンピューター技術に「どのような性格を与えるかの選択、そして、その技術がどのような世界との相互作用を可能としなければならないかの問題は、明確に、人間性、宗教、哲学、社会全般に関わる問題」なのだ。AIの軍事利用を拒否するアンソロピック社の倫理は、世界の諸宗教者、諸文化人との対話の中から生まれてきたものだ。ここで、オラー氏は、AI開発の分野において「カトリック教会の声を最も必要とする3つの分野」を挙げる。その第1は、「世界の貧者に対するわれわれの責務」だ。「AIが、非常に大きなスケールで人間労働にとって代わる可能性がある」ので、この「歴史的な規模で展開する問題に対処する道徳責務」が出現してくるという。これは、広範囲な分野で出現し得る失業問題のことだ。さらに、「AI開発が、一握りの富裕国に集中している」現状に対しても、警鐘を発するオラー氏。「どのようにしたら、AIの成果が世界レベルで享受できるか」という問題だ。
第2の分野は、「人間進化に関する道徳的思索と願望」。AIモデルの普及が、人間、家庭、世界の進化に、どのように貢献していかなければならないかの問題だ。第3は、「AIモデルの性格に関する認識」。「AIモデルの内部構造の中で、何が起こっているのか」の認識とも言い換えることができる。オラー氏は、「率直に言って、私たちにとっても神秘であり、未解決の問題だ」と告白する。AI技術には、「AIモデルの内部構造が、人間脳科学の研究結果を反映(ミラー効果)しているかのように見える」。「モデル内部の状態が機能的に、喜び、満足、恐怖、慟哭(どうこく)、居心地の悪さなどを、反映する」とも表現する。AIが人間知能に近づいてくる、恐ろしい世界だ。だから、AI管理についての倫理規範が絶対に必要であり、オラー氏は、「私たち(技術者)は、もっともっと世界を必要としている」と主張する。
「教皇レオ14世がAIを、より良き方向に向かわせるために、真剣に対処している」と同様に、「諸宗教共同体、市民社会、学者、政権担当者たちからの貢献が必要」なのだ。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)





