栄福の時代を目指して(19) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)
正義と友愛に基づく倫理的要請――生命・生活・生存を救う徳義共生外交
それゆえ、アメリカ人への教皇の呼びかけに呼応して、私たちは日本人として行動する必要がある。邪悪なアメリカ政権におもねって、日本人の生命や生活を犠牲にしつつある日本の政権に対して、宗教的・倫理的な人々は働きかけるべきではなかろうか。
これは、政治的党派や左右のイデオロギーを超えた倫理的要請である。前回にも書いたように、官邸前をはじめ全国で、ペンライトを使ったデモが拡大し、多くの若い人々が参加している。すでに安倍政権下における安保法制反対デモを規模において上回っているようだ。これは、海外でも「ついに日本人が立ち上がった」と報じられており、ここには日本の希望がある。
しかし、このエネルギーが政治を変えるためには、まだ規模が小さい。さらに野党が呼応して厳しく政権に迫らなければならない。もちろん、共産党をはじめ左翼政党は、すでに政権を批判している。でも、それだけではまったく足りない。参議院では立憲民主党や公明党から鋭い質問がなされており、首相は国会質疑から逃げ続けようとしている。ただ残念なのは、中道改革連合からの積極的発信や要求がまだ十分になされていないように見えることだ。中道は理念において「生命・生活・生存を最大に尊重する人間主義」を訴えていた。いま起こりつつあるのは、生命・生活・生存の危機そのものだ。ならば、今からでも、政権の怠慢や不作為に対して、生命・生活・生存のために厳しい批判を繰り広げ、国民と連帯して、政策の大転換を要求することを期待したい。
これは、美徳と正義に基づく要請だ。ローマ教皇が言われるように、イスラエルとアメリカが始めた戦争に対して、平和のために反対することは、法的正義に基づくだけではなく、宗教的・倫理的正義の行動だからだ。
同時に、友愛に基づく行為だ。友愛とは、愛や慈悲の政治的な場における表現である(『友愛革命は可能か』光文社新書、2010年)。よって、愛による平和への訴えは、友愛による外交を求めることである。日本は、決然として、戦争に反対し、イランに対して友好的な外交を行うべきだ。正義に基づき、友愛精神により共生を求める外交だから、徳義共生外交に他ならない。
そして、これは日本人の生命と生活を守るためのナショナリズム的な運動だ。ホルムズ海峡をタンカーが通らない限り、日本人の生命と生活は守ることができない。他国からの代替方法を模索しても、量的に不十分なので大きなダメージは避けられないからだ。
幸い、イランは親日的なので、政権が個別交渉を行えば、ホルムズ海峡の通行許可を認めるというシグナルを繰り返し日本に送っている。最近も、小西洋之参議院議員がセアダット駐日イラン大使と面会した際、セアダット大使が、「更に、日・イランの電話による首脳会談、外相会談で、イラン側から日・イランの個別協議でホルムズ海峡を日本のタンカーが航行することは可能であると告げられていると仰られました」(X投稿、4月18日)と伝えた。
これが真実ならば、高市首相が「私からの話に対する先方の反応は外交上のやり取りなので、お答えは差し控えさせていただく」(4月8日)とした中に、この貴重な内容が含まれていたわけだ。首相や外相はこのことを国民に伝えていない。つまり、通過交渉をするどころか、この大事なメッセージを国民に隠し、無視しているわけだ。
よって、日本の政権こそが、国難をもたらし、日本人を苦しめつつあることになる。従って、徳義に基づくナショナリズムこそが、生命・生活・生存を守ることができる。極右ナショナリズムを徳義ナショナリズムが圧倒してはじめて、日本人というネーションを守ることができるのである。
平和と生活のための倫理的国民運動を
そのためには、まずは平和への祈りと願いが大切だ。同時に、ローマ教皇が呼びかけられたように、具体的な行動も必要だ。愛や美徳に基づいて、ペンライトの灯火に彩られる新しいデモに参加するのは尊敬に値する行為だ。平和のための署名も有意義だろう。そして、左右を超えて、身近な政治家や政党に手紙を書いたり、メールを送ったりして、働きかけることが、私たちの生命と生活を救うことにつながる。
求める内容は、戦争反対でも平和への働きかけでもいいし、友好的な外交への転換でもいい。イデオロギーを超えて、多くの人々が参加できるのは、平和を求めて、政府がイランへの友好的外交に転じ、ホルムズ海峡通過の交渉を求める運動だろう。そして、アメリカはじめ関係国にも、理解と協力を求め、この実現を図ることが必要である。
これは、生活者の心からの願いであり、各種業界や経済界も賛成するはずだ。論理的には、これに反対するのは、この機に戦争を求める極右だけだろう。たとえば、良識ある人々が先頭に立ってこのような署名・請願運動が大規模に展開することは、あり得ないだろうか。
日本に住む私も、カトリックではなくとも教皇の全世界的な呼びかけに応えた。自分なりにできる行動として、このような可能性を可視化できるように、オンライン署名「船舶通過のため、日本政府にイランとの友好的な交渉を求めます」を開始してもらったのである*。ペンライトの光の灯るデモと並行して、「静かなる多数派(サイレント・マジョリティー)」の「声なき声」に公共的な回路を作りたいからだ。
でも、これはあくまでもささやかな試行であり、政府を動かして平和を実現するためには、奔流のような勢いが必要だ。他にもさまざまな方法があり得るだろう。心ある人々が、本格的な国民的運動を展開し、もう一つの大きな光を灯して、多くの政治家や政党、そして政府に働きかけ、国民の生活と生命を救うことを望みたい。
そういう倫理的な国民的運動が澎湃(ほうはい)として湧き上がってこそ、国家の方向を転換させ新生させることが可能になる。一人でも多くの人々が、平和のために祈るとともに行動し、政党を動かし、さらに日本という国を動かして、平和国家を護(まも)り、徳義共生の国家を甦(よみがえ)らせることを願ってやまない。
*署名発信者となっているのは、研究者と市民の小さなネットワーク(地球平和公共ネットワーク)有志で、公共性の観点から地球的な平和の実現を目指して作られ、かつてアフガニスタン戦争やイラク戦争に反対した。
プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院社会科学研究院長、千葉大学公共研究センター長で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別招聘(しょうへい)教授兼任。専門は公共哲学、政治哲学、比較政治。2010年に放送されたNHK「ハーバード白熱教室」の解説を務め、日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。日本ポジティブサイコロジー医学会理事でもあり、ポジティブ心理学に関しては、公共哲学と心理学との学際的な研究が国際的な反響を呼んでいる。著書に『サンデルの政治哲学』(平凡社新書)、『アリストテレスの人生相談』(講談社)、『神社と政治』(角川新書)、『武器となる思想』(光文社新書)、『ポジティブ心理学――科学的メンタル・ウェルネス入門』(講談社)など。





