共生へ――現代に伝える神道のこころ(12) 写真・文 藤本頼生(國學院大學神道文化学部准教授)

土俵という特別な空間

こうした相撲節からの流れとは異なり、農作物の収穫を祈り占う農耕の祭祀(さいし)儀礼から発展した神事相撲もある。古い形態を残すものとして知られるものに、旧暦五月五日の御田植祭(おたうえさい)、九月九日の抜穂祭(ぬきほさい)に行われる大山祇(おおやまづみ)神社(愛媛県大三島町)の「一人角力(ひとりずもう)」や、九月九日に行われる賀茂別雷(かもわけいかづち)神社(京都市)の「烏相撲(からすずもう)」、羽咋(はくい)神社(石川県)で九月二十五日に行われる「唐戸山相撲」などがある。また、現在でも地域神社の中には境内に土俵のある神社も多く、氷川神社(東京都渋谷区)は、「江戸郊外三大相撲」の一つとされた「金王相撲」が行われた地である。同社には現在も境内の片隅に土俵があり、毎年夏にはこども相撲が行われている。

相撲と神道との関わりを考える上で興味深いものの一つに、大相撲の本場所前に両国国技館で行われている「土俵祭り」がある。この祭りは『古今相撲大全』(一八八四年)に記された宝暦十三(一七六三)年の「すまふの儀式」「地取」が文献上の初見であり、江戸中期以降から少なくとも将軍の上覧相撲の際に行われていた儀式とされる。現在は立行司である木村庄之助もしくは式守伊之助が祭り主となり、土俵の四方を清め、土俵に立てた依代(よりしろ)に神々の御霊(みたま)を招いて、神々への供え物を奉るとともに、祝詞を奏上して場所中の安全を祈願する。儀式では相撲の神とされる戸隠大神、鹿島大神、野見宿禰を依代の御幣(ごへい)に招き祀り、「土俵の内外で何事もなく本場所が終わるよう皆をお守りください」と祈願し、「方屋開口(かたやかいこう)」と呼ばれる口上を奏上する。

明治三十三年に富岡八幡宮(東京・江東区)の境内に建立された横綱力士碑。高さ3.5メートル、幅3メートルの石碑には、第72代横綱・稀勢の里までの四股名が刻まれている

加えて、土俵の中央に掘られた穴に米や塩、昆布、スルメ、榧(かや)の実、かち栗を白い素焼きの小皿に入れて土器をかぶせた「鎮め物」を、奉書紙で巻いて入れ、神酒をかけて土をかぶせて叩(たた)き固める。祭りの最後には、呼び出しが「ふれ太鼓」と呼ばれる清めの太鼓を叩き、土俵の周りを三周し、町へ繰り出して翌日からの本場所の初日の宣伝を行う。

「方屋開口」の口上の一部分は、『日本書紀』の神代巻の冒頭、「天地開闢(てんちかいびゃく)」の段にある一文をモチーフにしたものと考えられている。当該部分は次の通りである。

「天地(あめつち)開け始まりてより、陰陽に分かれ、清く明らかなるもの、陽にして上にあり、これを勝ちと名付く。重く濁れるもの、陰にして下にあり、これを負けと名付く。勝負(かちまけ)の道理は、天地(てんち)自然の理(ことわり)にして、これなすもの人なり。清く潔きところに清浄の土を盛り、俵をもって形をなすは五穀成就の祭りごとなり。ひとつの兆しありて形となり、形なりて前後左右を東西南北、これを方(ほう)という。その中にて勝負を決する家なれば、今初めて方屋と言い名付くなり。」

この口上を、行司が独特の節回しで奏上する。なお、千秋楽が終わると「神送りの儀」が行われ、審判委員の年寄を胴上げする習わしもある。

「神様を呼ばなければ土俵は土俵にならない」という第三十三代木村庄之助の言もあるように(『力士の世界』、角川ソフィア文庫)、大相撲は興行相撲でありながらも、土俵という神々の坐(いま)す特別な空間で相撲を行う点や、所作の上で水や塩を使い清浄を大事にする点で、今なお、神事としての性格を持つ競技と言えよう。

相撲が、そもそもの起源とされる野見宿禰と當麻蹴速の「角力」での対戦に由来する格闘そのものから脱皮し、社会の中でより特定された共通の意味を獲得していく過程で、重要な役割を果たしたのが、先に述べた各地の神社で伝承されてきた神事相撲や、宮中の年中行事であった相撲節会である。現代の興行的な性格を持つ大相撲のルーツは、いわゆる勧進相撲にあるが、そもそも勧進相撲も相撲節会や社寺の祭礼との関係性の中で催されるようになったものである。

今回は手数入りを枕に相撲の歴史と神道との関わりを繙(ひもと)いてみた。興行的・競技的性格を伴いながらも農作物の豊穣祈願や豊凶を占うという神事的な意味付けのもとに、「相撲」の文化的・社会的な意義が形づくられていったところに、「相撲」の本質的な意味、特性があると言えよう。
(写真は全て、筆者提供)

プロフィル

ふじもと・よりお 1974年、岡山県生まれ。國學院大學神道文化学部准教授。同大學大学院文学研究科神道学専攻博士課程後期修了。博士(神道学)。97年に神社本庁に奉職。皇學館大学文学部非常勤講師などを経て、2011年に國學院大學神道文化学部専任講師となり、14年より現職。主な著書に『神道と社会事業の近代史』(弘文堂)、『神社と神様がよ~くわかる本』(秀和システム)、『地域社会をつくる宗教』(編著、明石書店)、『よくわかる皇室制度』(神社新報社)、『鳥居大図鑑』(グラフィック社)、『明治維新と天皇・神社』(錦正社)など。

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