清水寺に伝わる「おもてなし」の心(10) 写真・文 大西英玄(北法相宗音羽山清水寺執事補)

清水寺が管理する京北地域の山林。同寺では、境内にある諸堂の修復・修繕に使用するヒノキやケヤキを三地域で育成している

善意を社会に還元

こうしてあまたの先人たちの思いと技術の粋を結集して努める諸堂伽藍(がらん)の護持、それは「祈りの環境の純度をより高める」ことに他ならない。そして、これまで参拝者を迎える心の純度、つまり「おもてなしの心」について本寄稿にて述べてきたが、もう一つ大切な要素がある。それを先の植樹の実例ではないが「行動の純度」と表現したい。

先述した通り、歴史的文化遺産と現在進行形の仏教寺院という二つの働きが当山の基軸である。行動の純度とは特に後者に当たるわけだが、不特定多数の参拝者からあずかった浄財は、文字通り、一度あずかった善意にて、それらを再度社会に還元する役割が伴う。社会が直面する大小さまざまな問題は、その規模、複雑さから、自分一人がどうこうしたところで何も変わらないと、一人ひとりの小さな善意は無力だと否定されかねない。しかし、そんな小さな善意も集約することで、社会を照らす光になり得ると信じる。だからこそ、社会に小さな善意ができる限り循環するようにとの願いのもと、我々は理想を語るだけではなく、一つ一つの行動を並走させなければならない。WCRP(世界宗教者平和会議)への参画、有縁の札所、霊場会での諸活動等もその一環であるが、ここではあえて当山単体での実例を一つ紹介することをお許し頂きたい。

「833人に1人」「15秒に1人」。これは世界で乳がんを発症する人の割合だそうだ。当山では数年前より、「エスティ ローダー」という化粧品会社と共同し、乳がんの啓発活動に取り組んでいる。

本年はコロナ禍もあり、その規模は縮小したものになったが、毎年10月に本堂はじめ境内をピンク色にライトアップする。これだけではランドマークと変わらないため、点灯初日の夜に特別に開門し、住職はじめ一山僧職が乳がん犠牲者への追善供養を勤め、参拝者と共に慰霊の心で手を合わせている。乳がんにかかわらず、社会に多様な問題があっても、我々は自身か、自身にとって本当に親しい大切な方がその当事者にならなければ、自らの問題として実感することは難しい。これはある程度仕方がないかもしれない。皆それぞれ抱えている問題があり、忙しく過ごしているからだ。

一方で、立正佼成会の皆様にはまさに「釈迦に説法」であるが、「これは誰しもに起こり得る問題です。だからこそ互いに協力して取り組みましょう」と訴えている団体や個人は多く存在する。しかし、彼らの声はなかなか届かない。なぜなら、先に述べた通り、ほとんどが直接的な当事者ではないからだ。そんな現実の中、清水寺という場を通して啓発することにより、彼らの声が一人でも多くの方に、少しでも早く届いてくれたらと念じている。余談ではあるが、本啓発活動に初めて関わった方の一人が、その後、初めての検診を決断したことで、早期発見につながり、一命を取り留めたという有り難い話を身近より拝することもあった。

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