清水寺に伝わる「おもてなし」の心(9) 写真・文 大西英玄(北法相宗音羽山清水寺執事補)

本当に伝えたい「思い」を研ぎ澄ます

しばらく前に、ある旅行会社の担当者と、現世相の中で今できること、すべきことについて話し合う機会にあずかった。その場で私が彼らに伝えたのは、まさに「人のぬくもりを伝える大切さ」であった。その気になれば自力でインターネットを通して移動手段や宿泊先等一切の情報を収集し、予約ができる世の中だ。では彼らの存在意義は何なのか。普段は自身で手配することが多いのだが、仕事の時には今でも旅行会社に手配をお願いすることもある。

以前、上海空港で乗り継ぎをしたことがあった。非常に大きな空港で、行き交う飛行機の便数も多い。さらに時間に対する概念そのものが違うため、少なくとも当時は、時刻表通りに離発着される方が珍しかった。そんなことを知らなかった私は、旅行会社に手配してもらったスケジュールを全面的に信用していた。

案の定、日本から上海空港到着がかなり遅れ、さらには乗り継ぎ便がターミナルの全く反対方向で、それこそ空港内の端から端までを文字通り全速力で走り切り、列という列で事情を説明し、全て先を譲ってもらってなんとか間に合った経験がある。これも一つの良い勉強と思い、手配してくれた担当者を責めるつもりはなかった。しかし、同行者が後日そのことを話してしまったらしく、どうやら担当者は時刻表しか考慮していなかった、ということを後に伺った。もちろん多少の遅れは想定をしていただろうが、空港の特徴、乗り継ぎ便までの移動距離、入国審査の状況、その国の習慣、慣れない人間の行動力など、数字以外の要素に想像が及ばなかったようだ。もう少し親身になってくれても、と正直思った。

一方、このような経験もある。昨年、ドイツでのWCRP(世界宗教者平和会議)の世界大会出席の前に、私の前に佼成新聞に寄稿されていた松原正樹先生のお導きで、ニューヨークの座禅会で登壇する機会を頂いた。そのため、伊丹→成田→ニューヨーク→ミュンヘン→成田→伊丹という「世界一周航空券」の手配を別の旅行会社にお願いした。

昨年8月にドイツ・リンダウで開催されたWCRP/RfPの第10回世界大会に参加した大西師。各国の参加者に、同日本委員会の活動を説明し、日本に根付く「もったいない」精神を紹介した(写真=WCRP/RfP日本委員会提供)

出発日の前日ごろより関西方面に大きな台風が接近し、翌日の伊丹から成田までの飛行機が欠航となる可能性が大きかったため、前日に新幹線で成田入りした。当日、成田空港でチェックインしようとすると、世界一周航空券という手前、たとえ国内線とはいえ、最初の伊丹→成田間を利用していないことがかなり大きな問題となった。慌てて担当者に連絡すると、迅速な対応によってなんとか事なきを得た。大変大きな安心感に包まれた出張であった。

顧客が家を出発し、目的地で良い時間を過ごし、無事に帰ってくる。単純なようであるが、このことを心から願っているか、そんな「人のぬくもり」があるかどうかが、無機質な機械との最大の違いであり、旅行会社の大きな存在意義ではなかろうか。

何も旅行業界に限ったことではない。どのような仕事であれ、相手を心から思う、そしてその思いを伝えようと全身全霊で努める。たとえ時間がかかっても、遠回りのように見えても、そんな姿勢がより求められるのではと考える。相手に伝えたい思いを研ぎ澄まし、その実践のために精進に精進を重ねる。そうして出来上がった基軸となるような内容を持っていることは、「もてなし」において大きな助けとなるのではなかろうか。私自身も自らの軸を改めて見直す時であると考えている。

プロフィル

おおにし・えいげん 1978年、京都府生まれ。2000年に関西大学社会学部卒業後、米国に留学。高野山での加行を経て、05年に清水寺に帰山し、僧職を勤める。13年に成就院住職に就任。14年に世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会青年部会幹事、19年に同部会副幹事長に就いた。現在、清水寺の執事補として、山内外の法務を勤める。日々の仏事とともに、大衆庶民信仰の入口を構築、観光客と仏様の橋渡しを命題とし、開かれた寺としての可能性を模索している。