清水寺に伝わる「おもてなし」の心(7) 写真・文 大西英玄(北法相宗音羽山清水寺執事補)

寺・坂・我が家

門前会には二つの大きな指針がある。一つ目は「寺・坂・我が家」という旗印だ。これは会員にとっての優先順位を端的に表している。何よりまず寺。この順位は我々山内の者にとっても然(しか)りであり、まさに同志と呼べる所以(ゆえん)と言える。

もう一つは寺、門前を含め、あらゆる諸行事において代理出席は認めないということだ。当代もしくは次代店主が必ず出仕、担当する。これは京都の老舗業界でも原則的に習慣となっているが、だからこそ組織にて世代をまたいだ心の継承が自然な形でなされていく。また互いに実務だけを共有するのではなく、人間関係を構築し、大切にするという観点からも重要と考える。

以上のように多くの共通体験、そして寺が第一優先であるという根本的な志の共有の継続が、現在進行形としての絆を深めてきている。当山にとって、今では境内諸堂と共に門前会の各店舗もまた、お堂の一角のように認識している。そして、これらの関係に決して甘んじることなく、さらなる強化を意図している。

西門の階下に鎮座する石像「祥雲青龍」。門前会の結成30周年を記念して奉納された

例えば、次なるステージとして互いに個々人の成長を課題としている。門前会員の中には京都老舗の共同組織に所属し、自身の屋号だけでなく広く伝統産業全般の発信や護持に努める者、行政との連携強化を通して、点ではなく面による京都観光振興に尽力する者、異業種との交流に従事し、現代社会に則した形で、既存の産業の新たな可能性を模索する者、海外への発信を通して広い視野を持つ者などがいる。それぞれが清水という場を基軸としながら自身を研鑽(けんさん)し、さらなる地域の発展に還元する。この循環を大切にしていき、一人ひとりが指示を待つのではなく考え行動する。それが当たり前となるような環境になることを、同志の者として願っている。

修行者は自らの悟りのためにただ一人、行を重ね、悟りに至らんと努めるのが仏教の始めだったかもしれない。やがて大乗仏教が発展してきた大きな背景の一つとして、出家者だけの修行から、出家者に帰依する在家信者の救済のためにこそ修行し、悟りを目指さんとしたことがあると思う。今日、我々が拝受する教えもまた、自他共に救われることを誓願とし、その成就に微力ながら勤めることを旨としている。

一人で歩いているように感じる時も、実は共に歩いている人がいる、あるいは歩くよう支えてくれる人がいるからこそ、歩いていける。つまり、僧職を担う我々が修行、山内外にて法務に専念できるのは、門前会の支えがあってこそだと深く実感する。言い換えるならば、当山にとって最大で最高の「よき友」だ。こう確信できることに、現門前会会員各位、物故者はじめ、あまたの先師先達の遺徳へ改めて衷心より感謝しないではおられない。
(写真は全て、筆者提供)

プロフィル

おおにし・えいげん 1978年、京都府生まれ。2000年に関西大学社会学部卒業後、米国に留学。高野山での加行を経て、05年に清水寺に帰山し、僧職を勤める。13年に成就院住職に就任。14年に世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会青年部会幹事、19年に同部会副幹事長に就いた。現在、清水寺の執事補として、山内外の法務を勤める。日々の仏事とともに、大衆庶民信仰の入口を構築、観光客と仏様の橋渡しを命題とし、開かれた寺としての可能性を模索している。