それでいいんだよ わたしも、あなたも(8) 文・小倉広(経営コンサルタント)

冷たいんじゃない。その人なりの優しさなんだ

私の友人は悩んでいました。「おれは冷たい人間だ」と自分を責めていたのです。

私は彼に「どのような状況でそのように感じたのですか?」と質問をしました。彼は答えました。

「自宅で妻の会社関連の悩みを聞いていた時のことです。私は聞いている途中で、すぐに解決策がパッと浮かびました。そこで、急いで助言しました。すると、妻は喜ぶどころか逆に不機嫌になり、怒り出しました。『あなたは私の気持ちをまるで分かっていないわ。いつも、そう』と私を責めたのです」

彼は妻の反応に驚き、そして反省しました。彼の妻が必要としていたのは、解決策ではなく共感だと気づいたからです。そして、聡明な彼は、日頃の自分の言動を振り返ります。

「いつも自分は解決策を考える。共感なんて考えたこともない。自分は人の気持ちが分からない冷たい人間なんだ」。そう考えたのです。

果たして、彼は本当に冷たい人間なのでしょうか。私は、そうは思いません。彼はとても優しい人間に違いない、と思うのです。

人は十人十色、それぞれに異なる価値観を持っています。そして、価値観に正誤や優劣はありません。このケースで言うならば、彼と彼の妻とでは確かに価値観が異なっています。夫は解決策こそが大切だと思うので、一所懸命に助言した。自分にとって最も大切なことを相手に施した。なんとも優しい行為をしたのです。

しかし、この優しさは妻に理解されませんでした。妻は共感こそが「正しく」、解決策を伝えるのは「間違い」だと思っていたからです。もしくは「夫は妻の価値観を理解し、それに合わせなければならない」「夫婦の価値観は一つにそろえねばならない」と思っていたのかもしれません。そこで、不機嫌になり怒った。では、どちらが間違っていたのでしょうか。どうすれば良かったのでしょうか。

先にお伝えした通り、価値観に正誤や優劣はありません。であるならば、その違いを認め、尊重した上で、互いに「行為レベル」で「お願い」をしてみてはどうかと思うのです。妻は夫に「解決策を示すよりは共感してね」とお願いし、夫は妻に「僕は解決策ばかり話す癖がある。悪気はなく親切であることを理解してね」とお願いするのです。

もちろん、お願いが守られるとは限りません。しかし、お願いすることよりも、もっと大切なことは「お互いの価値観は違う。変える必要はない、変えられない」ということの共有です。それさえきちんとできていれば、相手のミスを責めることはなくなるでしょう。

自分にとってうれしくない相手の行為も、相手なりの善意で行われている。その価値観を変えることはできない。変えようとしてはいけない。それに気づけば、対人関係のほとんどの問題は解決するのです。

プロフィル

おぐら・ひろし 小倉広事務所代表取締役。経営コンサルタント、アドラー派の心理カウンセラーであり、現在、一般社団法人「人間塾」塾長も務める。青山学院大学卒業後、リクルートに入社し、その後、ソースネクスト常務などを経て現職。コンサルタントとしての長年の経験を基に、「コンセンサスビルディング」の技術を確立した。また、悩み深きビジネスパーソンを支えるメッセージをさまざまなメディアを通じて発信し続けている。『33歳からのルール』(明日香出版社)、『比べない生き方』(KKベストセラーズ)など多くの著書があり、近著に『アルフレッド・アドラー 一瞬で自分が変わる 100の言葉』(ダイヤモンド社)。