それでいいんだよ わたしも、あなたも(1) 文・小倉広(経営コンサルタント)

人に優しい人は、自分にも優しい

相手の良いところを見て、良好な人間関係を築きたい――。多くの方がそう思っているようです。

仕事柄、毎週のように管理職研修で登壇する私が、決まって受ける質問があります。それは次のようなものです。

「小倉先生から学んだように部下の良いところを見て、勇気づけたいのですが、ついつい、悪いところばかり目に入り、叱ってしまいます。どうしたら部下に優しくなれるでしょうか」

私は決まって、こう質問で返します。「あなたは、自分が失敗をした時に、自分に対してどのように声を掛けていますか?」。

すると、ほとんどの方が同じ答えを返します。「自分を責めます。なぜできなかったのか? 自分はなんてダメな人間なんだ、と」。私は答えます。「あなたは、とても責任感が強いのですね。だから、経営陣から信頼されてこうして要職に就いておられる。経営陣はあなたのような優秀な管理職がいて、さぞや安心でしょうね。でも、そろそろ、次のステージへ行きませんか? 『自分を責めて、追い込んで、頑張るステージ』から、『自分を認めて、勇気づけて、自然体で成果を出すステージ』へ」。

すると、ほとんどの管理職はポカンと口を開け、不思議そうな表情で、こう質問を返します。「そんなことをしたら、現状に満足して進歩が止まってしまいます」。私はさらに質問を返します。本当にそうでしょうか? と。

「4歳くらいの小さな子どもを思い浮かべてください。子どもは親のお手伝いが大好きです。そして親から『ありがとうね』と言われると、とても喜びます。ここで質問です。親から褒められた子どもは『現状に満足して進歩を止め』ますか? それとも『もっと、もっと褒められたいと上を目指し』ますか?」

相手の方はハッとして私を見つめます。私は続けます。「小さな子どもは人間の本性を現しています。人間は本来、みんな褒められ認められると、『もっと、もっと!』と上を目指すのです。満足して歩みを止めることはありません。だから、安心して、自分を褒めて認めてあげてください。

すると、必ずや部下を褒めて認めることができるようになります。人は自分に対して行っているコミュニケーションを他者にも行うのですね。まずは自分を認めること。それができなければ、部下にだけ優しくすることはできないと思いますよ」。

私がお手伝いしている会社の社長は、毎晩お風呂に入るたびに、今日あった失敗を思い浮かべ、自分を責め、追い立てていたそうです。私はそれを聞いて驚きました。そして、そうではないやり方、次のステージがあることをお伝えしました。その社長は、ポカンと口を開けて、驚きの表情を浮かべました。

それから、その社長はお風呂に浸かりながら、今日あった「良かったことを数える」習慣を始めたそうです。そして失敗があっても「それでいいんだよ」と自分に声を掛けるようになったとのことです。その社長が部下に優しくなったのは、もう、言わずもがな、のことですね。

プロフィル

おぐら・ひろし 小倉広事務所代表取締役。経営コンサルタント、アドラー派の心理カウンセラーであり、現在、一般社団法人「人間塾」塾長も務める。青山学院大学卒業後、リクルートに入社し、その後、ソースネクスト常務などを経て現職。コンサルタントとしての長年の経験を基に、「コンセンサスビルディング」の技術を確立した。また、悩み深きビジネスパーソンを支えるメッセージをさまざまなメディアを通じて発信し続けている。『33歳からのルール』(明日香出版社)、『比べない生き方』(KKベストセラーズ)など多くの著書があり、近著に『アルフレッド・アドラー 一瞬で自分が変わる 100の言葉』(ダイヤモンド社)。