新・仏典物語――釈尊の弟子たち(8)
サイの角のごとく、ただひとり歩め!
その日、ラージャガハ(王舎城)の街は、お祭りで朝早くからにぎわっていました。
托鉢(たくはつ)を終えたマハーカッサパ(摩訶迦葉=まかかしょう)は、人ごみの中に忘れられない、いや、忘れてはならない女性の顔を見つけました。バッダー・カピラーニー。カッサパのかつての妻で、十二年間ともに暮らし、その後、それぞれが修道の旅に出るため家を捨て別れたのでした。
白い衣をまとった、その姿からバッダーはジャイナ教の一派に入信しているようでした。二人が別れてから七年ほどの歳月が流れていました。憔悴(しょうすい)しているようでしたが、彼女の美しい顔立ちは昔のままでした。
目と目が合った瞬間、バッダーの体は硬直したかのように動かなくなりました。カッサパはゆっくりと歩み寄り、声を掛けました。バッダーの目から見る間に涙があふれ出てきました。「この信仰に入ってから、心が休まることなどありませんでした。出家とは名ばかりで、戒律もないのですから……」。
カッサパはバッダーを釈尊のもとに連れて行きました。バッダーの新たな修行生活が始まりましたが、托鉢に行くたびに人々からこう言われるのでした。「あなたはとても美しい。出家するなどもったいない」。バッダーは托鉢に行くことをやめてしまいました。
そのことを知ったカッサパは釈尊の許しを得て、自分が托鉢で得た食べ物を半分、バッダーに与えることにしました。ところが、ある尼僧にとがめられました。「カッサパとバッダーは私情を交わしている」というのです。
尼僧の指摘に、カッサパは心のどこかにあった甘さに気づきました。かつての妻に愛情のようなものを感じていたことは間違いありません。なんとか手助けをしたかったことも確かです。しかし、自分の道は自分で切り開いていかなければならないのです。たとえ夫婦であっても、それぞれが背負ってきた人生の重荷を肩代わりすることはできません。
自分の甘さを、カッサパは捨て去りました。そして、バッダーも気づいたようです。自分自身との闘いをバッダーは始めました。
深い愛情と尊敬を込めて、かつての夫であるカッサパをバッダーはこうたたえています。
ブッダの大切な弟子であり後継者である
カッサパの心は限りなく澄み渡っている
(有部芯芻尼毘奈耶より)
※本シリーズでは、人名や地名は一般的に知られている表記を使用するため、パーリ語とサンスクリット語を併用しています
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