栄福の時代を目指して(25) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節
全方位失敗外交という国難――国益の毀損
高市内閣は、主要な外交のほとんどにおいて大きな失敗をしている。台湾有事発言により中国との関係を悪化させて日本経済に深刻なダメージを与え、対ロ関係でも、8月13日にプーチン大統領が択捉島(えとろふとう)を初訪問して、北方領土交渉の再開や、当面の問題解決は絶望的になった。また友好国イランに対しても、対米追随を繰り返して、ついにアラグチ外相とバガイ外務省報道官から、日本の姿勢を批判する厳しい発言が出された。このまま進むと、イランとの関係まで悪化しかねないという深刻な危惧を抱かざるを得ない(イラン大使との第3回面談参照)。
この多くは、高市早苗首相自身の極右的政治と、アメリカへの追随外交のせいだ。ところが、今度はアメリカからすらも、梯子(はしご)を外された。9月22日の国連演説で高市首相が旧敵国条項の削除を訴えた直後、24日の米中首脳会談では、ドナルド・トランプ大統領と習近平国家主席が、第2次世界大戦中に両国が同盟国として共に戦った歴史を強調した。米中が戦時の協力を称賛したのだから、対米追随によって中国に対抗できるという高市外交の期待は、ここでも裏切られたのだ。
旧敵国条項は、1995年の国連総会決議で死文化したとの認識が示され、2005年の国連首脳会合では削除する決意が確認されている。中国もこれらに賛成・合意していたにもかかわらず、今回、同条項が戦後の国際秩序を守るために現在も重要だと反論した。高市首相が削除要求したために、中国の反論を招き、死文化していたこの条項の存在を、改めて前景化させてしまったのだ。
さらに、円安を招く経済政策には、アメリカから修正圧力がかかった。スコット・ベッセント米財務長官は日銀の利上げを求め、日本はリフレ政策を終えるべきだとの姿勢を示した。9月18日、日銀は政策金利を1.0%から1.25%へ引き上げた。ここには国内の物価動向に基づく判断があるが、米側の要求が政策転換への外圧となったことは見逃せない。
つまり、高市外交は、いわば「全方位の失敗外交」に他ならない。「全方位」の外交ではなく、「全方位」で失敗した外交という意味だ。しかも高市首相は、10月2日夜、燃油価格の高騰対策を議論するG7首脳オンライン会議を欠席した。16日の参院予算委員会で辻元清美議員に問われると、開催時間の確定が直前となってディスプレーや回線の準備が間に合わなかったなどと説明したが、19日に辻元議員はさらに、会議開始の約3時間半前には開催時刻が報道されていたと指摘した。日本政府はいつ連絡を受け、なぜ準備できなかったのか。答弁の真偽が問われ、欠席の判断自体が納得し難い。エネルギー危機に直面する日本の首相として、自ら議論に加わるべきではなかったか。もはや「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」どころか、「世界で失敗し首脳会議に顔を出さない外交」という惨状になってしまっている。
これは、本連載で毎月指摘してきた国難の外交的象徴だ。そして国難をもたらした経済政策は、アメリカにすら修正を要求された。それがアベノミクスとそれを継承しようとしたサナエノミクス、まとめて言えば「アベ=サナエノミクス」だ。円安を招くこの路線は、輸入エネルギーの円建て価格を押し上げ、海外での供給危機の負担を増幅させる。外交の失敗と経済政策の失敗が重なり、物価高騰と経済的危機を深めている。このままだと、国益の毀損(きそん)が進行し、民が塗炭(とたん)の苦しみをなめることになりかねない。
公金を私物化する悪徳政治屋――利益誘導・不利益報復という不公正政治
もう一つの国難が、政治の私物化による堕落と質的低下である。9月17日の内閣改造で、裏金問題により党の処分を受けた議員を臆面もなく登用したところ、その一人である簗(やな)和生・元農林水産大臣の予算カット発言が明らかになった。裏金問題で党役職停止6カ月の処分を受けていた簗氏は、今年5月の地元・栃木県内で行われた自民党支部の会合で、衆院選で首長が対立候補を支援した那須烏山市と那珂川町について、道路予算を大幅にカットしたと述べた。発言通りの介入があったなら、公金を使った「不利益報復政治」そのものであり、公的予算を支持・不支持に応じて左右できるかのように語ること自体、政治の私物化を示す。「利益誘導・不利益報復」政治は、不公正な政治以外の何物でもない。
道路予算は税金を原資とする公金であり、それを自分の当選という私的利益のために操作したり、操作できるかのように語って支持を迫ったりすることは、政治における公共性や倫理的な正義に反していて「不義」である。このようなことをする政治家は、美徳の反対、つまり悪徳の政治家であり、政治家というよりも「悪党政治屋」と呼ぶにふさわしい。裏金議員の正体見たり、というところだろうか。
非倫理的で不正な政権への批判の高まり――徳義ある公共的政治へ
しかも簗氏によれば、高市首相は10月5日、職責を全うするよう指示した。高市首相は選挙の応援演説で簗氏を「私の大事な簗ちゃん、知恵袋の簗ちゃん」と呼んでおり、裏金問題で処分された側近を登用した。そして、公金の私物化を疑わせる発言が明らかになっても、いったんは続投させようとしたのである。その後、選挙での有権者の無料バス送迎などをめぐる公職選挙法違反の疑惑も浮上し、簗氏は10月14日に辞任した。高市首相は任命責任を重く受け止めると述べたが、側近の登用と続投を認めた判断の責任が消えるわけではない。この一連の判断にこそ、現政権の非倫理的体質が露呈している。
ネガティブ・デジタル・キャンペーンやポピュリズム的な政治姿勢とも通じる問題であり、首相自身の噓(うそ)も多々疑われている。簗氏が辞任しても、予算配分への関与や選挙をめぐる疑惑は残っている。高市首相の任命責任を問う声は、政権の非倫理的体質そのものへの批判につながっているのである。
さらに、7月の連載で述べたように、麻生太郎自民党副総裁が主導した皇室典範改定でも、人々から「皇位簒奪(さんだつ)につながりかねない」という激しい批判を浴びた。この改正により、麻生氏の妹や姪に当たる皇族も旧宮家の男系男子を養子として迎え、その養子縁組後に生まれる男子が皇位継承資格を持つことになるからだ。これは、貴族政治の藤原氏のようなもので、「皇位の私物化」ということになってしまう。
かつて自民党が批判を浴びて政権交代が起こった背景には、地元への利益誘導政治や、政官財という「鉄のトライアングル」に対する批判があった。1993年には政治改革をめぐる自民党分裂が非自民連立政権の成立につながり、2009年には政治・行政への不信が民主党への政権交代につながった。近年の裏金政治批判も「政治とカネ」という倫理的問題だったが、今回の不利益報復を誇示する発言は、公金を支持獲得の道具とする利益誘導政治の問題を、さらに露骨な形で示している。
全方位失敗外交は、極端な対米追随政治の帰結であり、この私的で不公正な非倫理的政治は、かつての自民党の宿痾だ。内閣改造後にこれらの問題点が一気に噴出してきた。強引な国会運営も含め、これは自由民主主義の危機に他ならない。私たちは、自由と民主主義を守り、再生させねばならない。
対外的には国益を損ない、国内では公金の公共性を損なう――この二重の失敗に対して、倫理的な徳義に基づく公共的な政治を甦らせる他に道はない。そのためのグランド・デザインを描いてみよう。





