栄福の時代を目指して(25) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)
徳義共生と共和民主主義による栄福政治――倫理的中道による「人生ウェルビーイング」
その中心に置くべきなのは、徳義に基づく共生、徳義共生による「人生ウェルビーイング」の増進だ。そのような政治を「栄福政治」と呼びたい。このために重要なのは、倫理的な公共的政治、すなわち「徳義公共」である。本来の政治とは、権力者の私益を満たすためではなく、人々が共に善く生きる条件を整え、それを可能にするための営みだ。だから政治家には、知恵、節制、正義、そして不正に立ち向かう勇気といった美徳が求められる。
ギリシャ古典哲学の集成者アリストテレスは、西洋倫理学の起点をなして美徳倫理を定式化した。幸福を究極の目的とし、徳の中心に友愛・中庸を正義とともに置く倫理思想である。友愛は鳩山内閣が掲げた理念であり、中庸は、中道改革連合が掲げる中道と通底する美徳である。ただ、左右の単純な中間ではなく、知恵により状況に即してダイナミックに判断して調和させる中庸であり、誤解を避けるためには倫理的中道と呼ぶのが良いだろう。そして、「公共」は、共通善とならび、アリストテレス政治哲学の中心的理念であり、善い政治体制の基準だ。よって、簗問題が明らかにした不公正な政治は、現政権が悪しき政権であることを端的に示している。
徳を語ることは、個人の善悪だけを問題にすることではない。ギリシャ・ローマ以来の政治的伝統(共和主義)からすれば、公共的美徳は、善き政治の倫理的・精神的要件である。そして、制度においては、私益政治や暴政を防止するために、公金の配分を支持・不支持で差別させない制度、権力の濫用(らんよう)を防ぐ法の支配、情報公開と説明責任などが必要である。徳義、つまり徳に基づく正義を、組織や制度にも根づかせることが、公共的政治の再生につながる。
これを民主主義の類型として表すのが、「公共民主主義」、すなわち「共和民主主義(共和主義的民主主義)」である。ここでいう共和は、政治体制としての共和国(国王のない政治体制)を必ずしも指すわけではない。政治を一部の人々の私物とせず、市民が公共的な関心(公共的美徳)を持って参加し、恣意的な支配を許さず、公共の事柄を共に決めて(自己統治)、公共善を実現するという意味である。だからこの理念は、国民主権のもとでの象徴天皇制とも両立する。
市民は選挙の時だけ主権者になるのではない。日常的に政治を監視し、対話し、必要なら不信任を表明する。代表者も、選挙で得た多数を白紙委任と考えず、市民への責任を果たす。徳義公共が政治の倫理的基盤を示すのに対し、共和民主主義はそれに基づく民主主義である。今のアメリカでは共和党と民主党が対立しているが、政治思想としては共和民主主義という概念に矛盾はない。今日の共和主義はほとんど民主主義だからであり、初期米国においては民主共和党(ジェファーソン、マディソンら)も存在した。
その思想的基礎として、私は自由と共生(共同性)を共に尊重するリベラル・コミュニタリアニズム(徳義共生主義)を主張している。自由、人権、立憲主義を守りながら、徳義、連帯、共通善を育てる。その基礎に、精神性や価値理念が不可欠であり、特定の信仰を国家が強制するのではなく、信仰の有無や宗派を超えて、政治の基底における精神性が公共的な価値を共に創り(価値共創)、共に支えるのである。
徳義とは美徳や善を考慮する正義を意味するが、簡単にいえば美徳と正義である。そして共生に向けて、既に共有している価値を確認するだけでなく、それぞれの伝統の価値や理念を持ち寄り、対話によって新しい公共的価値を共につくる。それが価値共創である。慈悲や友愛といった基本的美徳を、社会の制度と実践へと開く道でもある。
ウェルビーイング国家:七つのルネッサンスによる共和日本
自由民主主義、経済的繁栄、平和国家、象徴天皇制という上述した四つの歴史的遺産を、社会と文化にも広げ、以下では、人生のウェルビーイングを増進させるための七つのルネッサンスとして描いてみよう。戦後の成果を踏まえつつ、その未完の可能性を次の時代に開くためである。
①共和民主主義:戦後の自由民主主義を、公共を共に担う民主主義へと再生・進化させる。「新しい公共」の試みを継承しつつ、NGO・NPOなどの「民の公共」を発展させつつ、政治行政や国家という「公」の全体を公共の理念に基づいて転換させる。公共的市民や地域の活動に立脚しつつ、議会や行政と市民の間に対話の回路をつくる。公共を市民に開いて政府を転換することによって、政府が権利と生活を保障しながら、市民の主体的な活動と協働するのである。
その実践として、簗氏の予算カット発言問題を受け、民主党政権の事業仕分けを発展させて「予算公共性レビュー」を提案したい。市民・議会・専門家が、公共性、必要性、効果、公平性、透明性などから予算を検証する。過大なら減らし、過少なら増やし、不透明なら明らかにする。削減自体を目的とせず、公金を公共のものに戻し、生活に役立てるための公開の検討・熟議プロセスである。
②栄福経済:高度経済成長を「栄福経済」へと再生・発展させる。経済成長は、人々が豊かに善く生きるための手段である。GDPや企業利益が増えても、暮らしが苦しくなり、健康や人間関係が損なわれるなら、経済の目的を見失っている。
栄福とは、繁栄と幸福を表す理念である。ウェルビーイングと同じような意味の言葉としてフラーリッシュという概念が用いられているが、開花・繁栄による幸福を意味するので、私は栄福という仏教的概念で訳している。この理念により所得増大とともに、健康、人間関係、生きがい、人生の意味、社会への貢献を含む人生の豊かさを目指して、物質的な繁栄を、精神的・社会的な豊かさへと結びつける。
中長期的には、従業員の「人生ウェルビーイング」の向上と生産性の向上が相互に支え合う組織を育てる。実物経済を再生・発展させ、成長の成果を一部に集中させず、安心して能力を発揮できる生活基盤へと還元する。
当面の政策としては、緊張緩和により防衛費などを削減して、食料品の消費税率をゼロにする減税や、必要な人への給付を行い、物価高から生活を守る。過度の円安を進行させる政策を見直し、通貨と物価の安定を図る。このためには、後述する④の方針で、対外関係を改善してエネルギー供給の安定を目指し、外交と経済財政を一体として考える必要がある。
③複層的コミュニティー:孤立と分断を乗り越え、多層的なコミュニティーを再生・進化させる。地球・世界(グローバル)、国(ナショナル)、地方(ローカル)という「グローナカル」な視点から、身近な暮らしを支えながら、国境を超えて共に課題に取り組む。徳義共生・価値共創を、日々の生活に根づかせるのである。
④生活と平和(暮らしを守る友好的外交):平和は生活の基盤であり、生活を守ることは平和外交の現実的な根拠となる。戦争の惨禍を経験した日本は、軍事的膨張によって国威を示す道から、平和と国民生活の向上を重んじる道へ転じた。保守本流にも、現実を見据えて、自衛隊は整備しつつ、近隣諸国との関係を整えながら経済と生活を支える知恵があった。友好的外交でこれを再生させることによって、エネルギー危機を乗り越えて経済を立ち直らせ、窮乏化している人々の生活、暮らしを救う。戦争直後には理想主義的な(非武装)平和主義が強かったが、自衛力は保ちつつ、このような生活と平和の好循環を再生することによって、理想主義的にして現実主義的な「生活-平和主義」を構築する。
平和志向を社会の底から支えてきたのが、戦争体験を深く刻んだ宗教者や市民である。戦後に発展した新宗教の重要な潮流には、戦争体験が刻印されており、その苦しみを繰り返させないという非戦平和の願いが埋め込まれている。信仰に根差す生命の尊重を、宗派を超えた対話と協力へと広げてきたことは、戦後日本の貴重な精神的遺産だ。徳と宗教間対話に基づく平和への実践により、異なる信仰や価値観の違いを保ちながら、分断を越え、信頼と共生の世界へと進むことができる。
(関連情報・立正佼成会学林 庭野日敬開祖生誕120年記念シンポジウム)
友愛精神に基づく友好的外交は、この精神を国際政治に展開する道となる。アメリカの政策に無条件に追随せず、中国、ロシア、イランを含む諸国とも友好的外交と対話を進める。侵略や人権侵害、核兵器には原則を持って臨みながら、世界停戦や和解へと寄与する。一国平和主義という戦後の限界を超えて、対立の当事者をつないで調停する役割を果たすことこそ、平和国家の理念を活かす文明的貢献だろう。これは、平和国家から世界平和に貢献する国家への発展である。
⑤ウェルビーイング政策(福祉・環境・教育など):人生の幸福、つまりウェルビーイングを大目的として公共的政策を展開し、社会と自然の持続可能性を高める。教育や地域社会を充実させ、医療、介護、保育などのケアを支え、格差や排除を減らすとともに、環境を守り、将来世代への責任を果たす。人・社会・自然が共に栄える「栄福世界」を目指す。
⑥生成的な象徴天皇制:象徴天皇制における平和と公共の精神を継承する。国民主権のもとで政治的権力を持たない象徴というあり方は、戦前からの根本的な転換だった。上皇陛下が続けてこられた戦没者への慰霊や被災者への寄り添い、そして民の「幸福と平和への祈り」には、人々の苦しみに心を寄せる姿勢が表れている。
そこで、象徴天皇制は、国民の幸福と平和、つまり国民的ウェルビーイングへの公共的希求を体現するものとして生成発展すべきだろう。よって、皇室を党派的な権力争いと関わらせてはならず、皇室制度の将来は、憲法の原則と国民の理解に基づく開かれた議論によって考えるべきである。主権者である国民と、国民統合の象徴との区別を守り、平和への願いを次世代に受け渡したい。
⑦文化・学芸の復興:これこそ、近世ルネッサンスの起点であり、新しい「学芸ルネッサンス」も日本ルネッサンスの基礎となる。学問、芸術、教育の自由と創造性を支え、精神的な豊かさを育てる。効率や短期的利益だけでは測れない探究や表現を大切にし、宗教・哲学・科学・芸術の対話から、新しい知恵と文化を生み出したい。
七つを貫く大目的は、人生のウェルビーイングないし栄福を高める「栄福国家・日本」である。栄福は経済だけの目標ではない。民主主義、平和、福祉、環境、文化の政策も、人々が安心して善く生き、能力や可能性を開花させることに、どれだけ寄与するかという観点から考える。
ライフ・ウェルビーイングを高める政治的ルネッサンス――「悪徳政権」への不信任から「栄福日本」への徳義復興へ
以上のビジョンは、ネガティブな政治の批判と、ポジティブな政治理念を結びつけるためのものだ。不正や失敗への批判を曖昧にしてはならない。対米姿勢や政権への姿勢において、かつて右派政治家・石原慎太郎氏らが用いた表現を使えば、「NOと言える日本」が必要なのだ。しかし、批判だけでは不十分であり、その後に向かうべき希望を灯(とも)すことが重要だ。
第23回で提起した現内閣への不信任市民署名がネガティブ政治批判のアイデアであるのに対し、戦後日本ルネッサンスはポジティブ政治のビジョンだ。この方向を共有できるなら、党派を超え、保守本流から中道、左派、無所属まで、政治の私物化を許さない人々が協力する可能性が生まれる。この大目標が、人生と生活の幸福、つまりライフ・ウェルビーイングの向上だ。宗教者も市民も、それぞれの自律性を保ちながら、「人生=生活と平和」という公共的な課題に取り組める。
具体的には、「戦後日本ルネッサンス」プロジェクトとして、前回に述べたように、デジタル・プラットフォームを活用して友愛の倫理的ネットワークを形成し、署名活動を代表する政治へと展開しつつ、世論形成を試みたらどうだろうか。たとえばプラットフォームでは、基本理念として、「①ライフ・ウェルビーイング」を大目標として設定し、「②リベラルな自由・人権・立憲主義、③コミュナルな多層的共生・共和、④徳義・価値共創などの善き理念、⑤理想主義的現実主義」などを掲げたい。外交では、「①国民生活と国益を守る外交、②友好と対話による平和外交、③倫理的外交と徳義外交、④主体的な現実外交、⑤国際法を擁護する外交」という原則が考えられよう(「生活と平和を守るための現実的外交提言」より)。そして、「生活と平和」マニフェストとして、これらを政策提案へと具体化したいところだ。
そのような場で、戦後日本ルネッサンスを、対話を通じて発展させるビジョンとして提示する。市民、研究者、文化人、宗教者、政治家が、提案や短い動画、市民リレーなどで希望を伝え、熟議から政策形成へとつなげる。批判とともに、目指す社会を可視化するポジティブなデジタル・キャンペーンを展開することが理想だろう。
ネガティブな政治の失敗を見過ごさない批判の力と、より善い社会を描くポジティブな生成創造の力――この二つを結ぶことが、国難を乗り越える道である。保守本流の平和と生活への現実的配慮、鳩山民主党の公共と友愛への挑戦、宗教者や市民が育んだ対話と非戦の願いを、今の時代に甦らせて、極右日本とは異なるもう一つの日本、新しい日本への希望を提示したいところだ。前回は「生活と平和」への結集という可能性を提起したが、志ある政党や政治家たちには、このようなアイデアやビジョンを参考にして頂き、救国のために新しい政治の潮流を形成していってほしいものである。
現政権の腐敗や悪徳政治の疑惑はとどまるところを知らない。簗氏の辞任で問題は収まるどころか、同じく裏金問題で処分された関文科相の政治資金パーティー問題、維新出身の中司宏規制改革担当相の収賄・裏金受領疑惑、さらには高市首相自身の地元・奈良への利益誘導疑惑まで、問題が次々と噴出している。もはや一閣僚の不祥事では済まない。公と私の区別を失った、政権全体の倫理的堕落が問われているのである。
この政治的ルネッサンスは、このような悪徳政治に対し、徳義復興(ルネッサンス)を目指すものだ。重畳する国難を乗り越えるため、人々の直接の声で、不正で不公正な政治を斥(しりぞ)けて、倫理的な公共的政治への出発点とし、戦後日本の遺産を再生させて、幸福と繁栄を実現する栄福国家・日本へと開く――そのような戦後日本ルネッサンスを、市民自身の手で始めようではないか。
プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院社会科学研究院長、千葉大学公共研究センター長で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別招聘(しょうへい)教授兼任。専門は公共哲学、政治哲学、比較政治。2010年に放送されたNHK「ハーバード白熱教室」の解説を務め、日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。日本ポジティブサイコロジー医学会理事でもあり、ポジティブ心理学に関しては、公共哲学と心理学との学際的な研究が国際的な反響を呼んでいる。著書に『サンデルの政治哲学』(平凡社新書)、『アリストテレスの人生相談』(講談社)、『神社と政治』(角川新書)、『武器となる思想』(光文社新書)、『ポジティブ心理学――科学的メンタル・ウェルネス入門』(講談社)など。





