栄福の時代を目指して(25) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

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戦後日本ルネッサンス:民主主義、経済発展、平和・福祉、象徴天皇制とウェルビーイング

現政権批判とともに大事なのは、「どのような日本を目指すのか」というポジティブな国家・社会像だ。現政権が継承した安倍政治は「戦後レジームの脱却」を目指したが、これが現在の「生活と平和」の危機を招いている。前述の外交的危機にせよ、民主主義の危機にせよ、これらの極右政治の必然的な帰結なのである。

これに対して、戦後日本の遺産と理想を再生させて発展するポジティブ・ビジョンを「戦後日本ルネッサンス」と呼ぶのはどうだろうか。これは過去に戻るのではなく、戦後日本が生み出した自由民主主義、経済発展、平和・福祉、象徴天皇制といった優れた遺産を再構成し、その可能性を21世紀に新しい形で開花させるものだ。さらに、イタリア・ルネッサンスが、古典思想における人間性と公共性の思想を公共的人間主義(公民的人文主義)として甦(よみがえ)らせたように、戦後日本における、これらの戦後思想も新しい公共哲学として開花させたいものである。

そのような水脈として、戦後民主主義と平和主義、保守本流における穏健な平和主義と高度成長、中国・ロシア等との友好外交、戦後革新勢力の成果である平和・福祉、戦後宗教などの宗教間対話や平和主義、人間主義・価値、象徴天皇制における平和・慰霊・共感、そしてリベラルの主張した自由・権利・福祉などがある。今、極右政治に対して、これらの思想や政治的潮流からの反発と試行錯誤が始まっている。総選挙における中道改革連合の結成は、その政治的表現だった。また、日本国際貿易促進協会会長である岩屋毅前外務大臣らの訪中(9月27日から30日)は、王毅外相らと会談して経済的民間交流の可能性を感じさせたが、前会長だった自民党・河野洋平氏の「遺志を継ぎ、日中経済関係の発展と両国関係の改善のために微力を尽くしたい」という点で、自民党保守本流の潮流と見做(みな)すことができよう。

そして、これらの遺産を新しく甦らせる時の中心的理念が、幸福、つまりウェルビーイングだ。福祉とは、本来、人々の幸福や安寧を意味し、平和・環境・教育などの目的もウェルビーイングの向上だ。平和国家という戦後日本の国是は、まさしく幸福を可能にする国家という理想を表す。もっとも戦後日本では福祉とともに環境・教育は理想から見れば弱体だったので、新しいルネッサンスにおいてはこれらを強化することが望ましい。経済繁栄は経済的なウェルビーイングを増進する。自由民主主義は政治的なウェルビーイングの基礎である。そして、象徴天皇制における天皇陛下の祈りは、民の幸福と平和への祈りであり、今日の言葉でいえば、国民のウェルビーイングへの願いとみなせる。(第22回参照)

戦後政権理念の頂点:公共と友愛の理念による挑戦

この中で、現政権の不公正政治を見聞して改めて想起したのは、鳩山民主党政権の挑戦だ。鳩山一郎氏は自民党結成の中心人物だが、その孫にあたる鳩山友紀夫元首相は脱党して新党さきがけ、さらには民主党を結成し、初めての本格的政権交代を成し遂げて、「新しい公共」と「友愛」を掲げた。私はその所信表明演説を「日本初の政権公共哲学」と高く評価した(『友愛革命は可能か』平凡社新書、2010年/「友愛政治の理念と可能性」『公共研究』第6巻第1号、2010年)。先駆的問題提起だっただけに早期に終了してしまったものの、だからといって葬り去るべきではない。私はそれを「未完の友愛革命」と呼びたい。昨年、鳩山元首相を私の公共哲学講義にお招きして「友愛」について講義をしていただいた(『千葉大学法学論集』2026年、41巻2号、掲載予定)が、この理念は今でも、あるいは今こそ重要だと実感した。

政権当時の「新しい公共」は、公共を政府や官僚だけが独占するのではなく、市民、地域社会、非営利組織などが参加して担うという構想だった。人々を行政サービスの受け手にとどめず、互いに支え合う公共の主体として位置付ける。私的利害に蚕食(さんしょく)されてきた「戦後行政の大掃除」の発想は、政治の私物化とは正反対である。

友愛は、自由と平等の架け橋とされ、人々の助け合いによる共生の社会を目指す理念とされていた。友愛政治の原点は弱者、少数者の視点にあると宣言して、「国民のいのちと生活を守る」ことを目指す。国内では公共を共に担い、国外では友好的外交によって平和を築く。「公共」と「友愛」は、一つの政治哲学の内外における表現と捉えられる。

安倍政権期に揶揄(やゆ)・冷笑されたものの、今やそれが極右政治の政治的プロパガンダだったことが明らかになってきた。だからSNSなどでは、「あの時に鳩山政権を批判しなければよかった」「今が鳩山政権だったらよかったのに」というような市民の素朴な声をしばしば見聞する。

私は、公共と友愛という政権の理念の点で、鳩山民主党政権を戦後日本政治の頂点と評価している。自民党・保守本流の中から生まれつつ、利益誘導政治の限界を自覚して脱党して突破を図り、公共と友愛というポジティブな理念を掲げて政治の再生を図り、沖縄問題に真剣に取り組み、対米従属を打破して日本の外交的自立を図った。短期間に政権が終了したため、その企図は実現していないものが多いが、政権レベルの問題提起としては今でも重要である。そして、トランプ政権の出現によって、対米自立が必要かつ可能な状況が生じてきた。さらにエネルギー危機を回避するために私たちはイランとの友好的外交を求めているが、その基本的観念となっている生活や平和も、振り返ってみるとこの時にも強調されていた。

安倍極右政治による危機に対しては、立憲民主党が結成されて、改憲をはじめとする危機を辛(かろ)うじて凌(しの)ぐことができた。当時私も憲政や立憲という概念を甦らせて改憲の危機に対抗することが必要と主張しており、この党の結成と健闘は、歴史的に高い評価に値すると考えている。ただ、立憲主義や自由・権利は、基本的には権力による侵害を防ぎ、恣意(しい)的な支配を制約する理念である。ネガティブな権力政治に対する防止は不可欠だが、これだけだと、どのような善い社会をつくるかというポジティブな希望を十分に示せない。安倍政治の後に政権を獲得するためには、積極的な理念を示す必要があった。ここにも党勢衰退の原因があったのである。

よって、立憲の理念だけでは、新しい政治の核を形成することは難しいだろう。そこで民主党系の政治は、立憲より遡(さかのぼ)って、鳩山民主党政権に戻って考える必要がある。なぜならそこには、利益誘導政治というネガティブ政治批判とともに、公共と友愛というポジティブな理念が存在したからだ。「公共」は今こそ改めて注目すべき理念だし、「友愛」は代表的な美徳を政治の世界に甦らせようとしたという点で、画期的な意味を持っていた。

もちろん革新的な思想や政治は、平和や福祉、対米自立を戦後早期から主張していたが、政権として挑戦した歴史的意義は大きい。そこで、当時に至る戦後の成果・到達点を甦らせて、新時代に即して発展させるのが戦後日本ルネッサンスである。戦後憲法と民主主義政治を守り再生させるという点で護憲あるいは創憲であり、経済成長を再生させるという点では、私の言葉でいえば「栄福経済」である。加えて、政権として問題提起がなされた沖縄問題・日米関係を直視し、公共・友愛の価値理念を甦らせて、公共的な民主主義や、友好平和外交を推進する――さらには徳義に基づく公共善を共創し、福祉・環境・医療・学術などを甦らせて人々のウェルビーイングを高める栄福社会をつくるという積極的な未来像へ発展させていくものだ。

いま必要なのは、このようなポジティブな理念を甦らせ、当時の限界も超えて発展させることだ。イランから来日した2人の副大臣(科学・研究・技術省)のスピーチに列席する機会があった(10月8日)が、日本が敗戦から立ち直って戦後復興をした社会的レジリエンスから学びたいという言葉を聞いて、私は戦後日本の復興の歴史的意義を再認識した。この優れた遺産を再生し、現代の危機に応える「戦後日本ルネッサンス」を素描したい。

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