それでいいんだよ わたしも、あなたも(9) 文・小倉広(経営コンサルタント)

印鑑を傷だらけにした

「印鑑は自分自身です」

雑誌でその文を読んだときに、僕は衝撃に近い驚きを覚えました。なぜならば、僕は自分の印鑑を傷だらけにしていた、自分自身を粗末に扱い、自分自身を傷つけていた、からです。

それは、30代前半の頃のことです。僕は、それまでリクルートの課長でした。その後、上場間近なベンチャー企業へ転職し、取締役としてたくさんの印鑑を押さなければならないようになりました。そこで購入したのが、安い木製の印鑑です。当時の僕は、印鑑に高いお金を払うことができない、いや、払う必要はない、と思っていたからです。

さらに僕は、届いた印鑑の印影面をナイフを使って傷だらけにしました。なぜならば、安い印鑑だから大量に複製されており、不正使用をされてはいけないと考えたからです。傷をつければ印影が変化し、不正使用されたとしても見分けがつく、と思ったのです。

この一連の行いに、僕の考え方が色濃く表れています。

  • 印鑑(僕自身)は安物だ
  • (不正利用されるかもしれない)=他者は信頼できない
  • 印鑑(僕自身)を傷だらけにすることで、他者から傷つけられるのを防ごう

まさに、当時の僕は、その通りの生き方をしていたからです。

僕たちは、無意識のうちに自分の信念を形成しています。それは、以下の四つに分解することができます。

1.自己概念:自分は○○である
2.世界像:世の中の人は××である
3.主要目標:~を手に入れ(達成し)なければならない
4.活動方法:そのためには~をしなければならない

当時の僕は、無意識のうちに以下のように生きていたのです。

1.自己概念:自分は安物である
2.世界像:世の中の人は信用ならない。不正をする
3.主要目標:僕は自分を守らなければならない
4.活動方法:自分を傷つけることで自分を守らねばならない

僕たちは、無意識のうちに築いている自分の信念に基づき、あらゆる行動を無意識に決定しています。もしも、その無意識の信念に気づくことができたならば。もしかしたら、別な行動の選択肢が見えてくるかもしれません。それが「変わる」ということです。

人が変わる、とはAがBになることではありません。以前は当たり前のように、唯一の選択肢だと思い込んで自動的にAを選択していた自分に気づくこと。Aの他に、BやCという他の選択肢があることに気づくこと。そこが一番大切です。BやCの選択肢があることに気づいた上で、結果として、もう一度Aを選んでもいい。それは、自動反応的にAを選ぶ、ということとは明らかに違うからです。

さて、あなたが無意識に自動反応的に選んでいるAとは何でしょうか? そして、その他の選択肢であるBやCとは何でしょうか。この新年を機に考えてみてはいかがでしょうか。

プロフィル

おぐら・ひろし 小倉広事務所代表取締役。経営コンサルタント、アドラー派の心理カウンセラーであり、現在、一般社団法人「人間塾」塾長も務める。青山学院大学卒業後、リクルートに入社し、その後、ソースネクスト常務などを経て現職。コンサルタントとしての長年の経験を基に、「コンセンサスビルディング」の技術を確立した。また、悩み深きビジネスパーソンを支えるメッセージをさまざまなメディアを通じて発信し続けている。『33歳からのルール』(明日香出版社)、『比べない生き方』(KKベストセラーズ)など多くの著書があり、近著に『アルフレッド・アドラー 一瞬で自分が変わる 100の言葉』(ダイヤモンド社)。