新型コロナウイルスへの対応の中で 教えを支えに日々を過ごす会員たち(33)

(イメージ写真)

国内で新型コロナウイルスの感染拡大が続き、立正佼成会ではさまざまな集いを控えています。こうした中、会員はどのような思いで過ごしているのでしょうか。それぞれの場で精進を重ね、サンガ(教えの仲間)と心をつないでいる会員の声を紹介します。今回は、古河教会儀式部長、中津教会渉外部長です。

日々の感謝をノートに書き留め

古河教会儀式部長(72歳・女性)

昨年3月、大矢貴士教会長さんに勧められ、一日の中で「有り難いこと」を三つ見つけ、ノートに書き始めました。中断していた時期もありますが、今は4冊目に入っています。

始めた頃は、なかなか書くことを見つけられず、筆が進みませんでした。それでもやめずに、毎日寝る前に机に向かい、一日を振り返ることを続けると、日常のさまざまな出来事に感謝が湧くようになったのです。

ある日のページには、「自宅の庭に長い時間をかけて巣を作るクモを見て、懸命に生きる姿に励まされた」とつづりました。クモの姿が人生の苦難を乗り越えていく私たちと重なって見え、同じいのちを生きる尊い存在に感じたのです。

また別の日には、夫に対して、「窓のサッシ交換を頼んだら、すぐに行ってくれて、うれしかったです」「いつもごみ出しをしてくれてありがとう」とお礼の言葉を記しました。

このほかにも、足元に咲く色とりどりの草花に感銘を受けたり、地球を包む朝日の温かさに感動したりしています。いつしか、ノートに書き留める出来事を探すのが楽しくなり、大自然の恵みや、多くの人に支えて頂いて、自分が生かされている有り難さを強く意識するようになりました。

改めてノートを読み返すと、全ての現象は神秘的で、奇跡的なことだと感じます。この感動をたくさんの人にお伝えし、日々の喜びを分かち合って過ごしていくことが今の目標です。

「同悲」の精神で触れ合いを

中津教会渉外部長(72歳・男性)

89歳になるMさん宅に3年前から毎月、ご主人の月命日のお参りに伺っています。話をしていると、いつもMさんは、「近くに住む息子が家に来ない」「娘は来ても疲れるだけ」とこぼされました。胸のつかえを取って、幸せになってほしいと思った私は、「人さまのお役に立てるよ」と言葉を添えて一食(いちじき)運動(一食を捧げる運動)の実践を勧めました。昨年1月のことです。

Mさんは献金を始めてくれました。コロナ禍となっても変わることなく地道に続けられ、1年5カ月が過ぎた先日、ふと、Mさんが愚痴を言わなくなったことに気づきました。そのことをご本人に伝えると、最近は子供たちに不満を抱かなくなり、子供たちが見守ってくれていると、うれしそうに話してくれたのです。平和を願って献金できることが有り難いとも言ってくれました。

一食運動の実践を通してMさんの慈悲心が発揮され、子供さんへの見方が変わり、息子さん、娘さんの優しさも引き出されたのだと思います。「自分を変えたい」と話されていた通りに、何歳になっても成長できることを示してくださり、教えの素晴らしさをかみしめました。

一食運動は、困っている方々のお役に立てると同時に、実践者にとっても我(が)を取る修行となり、自らの救いにも通じるのだと感じます。私も一食運動に込められた「同悲」の精神をもって、日々の触れ合いを重ねていきます。