新型コロナウイルスの対応の中で 教えを支えに日々を過ごす会員たち(22)

国内で新型コロナウイルスの感染拡大が続き、立正佼成会ではさまざまな集いを控えています。こうした中、会員はどのような思いで過ごしているのでしょうか。それぞれの場で精進を重ね、サンガ(教えの仲間)と心をつないでいる会員の声を紹介します。今回は、長野中央教会青年女子部長と八王子教会主任です。

勇気を出して人に寄り添う

長野中央教会青年女子部長(26歳・女性)

転勤して今春から、長野市内の保育所で働いています。新型コロナウイルスの感染防止に細心の注意を払いながら働く毎日です。

今年8月、仕事中に上司が思い悩んだ表情になり、突然涙を見せました。職場のメンバーと話を聞いてみると、スタッフ同士の保育に対する考え方が対立し、間に挟まれて悩んでいたそうです。

この時、私の心に「あまり関わりたくない」という思いが湧きました。以前の職場で人間関係のトラブルに巻き込まれ、嫌な思いをした経験があったからです。翌日以降も、上司とは当たり障りのない会話にとどめるようにしました。

その後、青年部でご本尊をお護(まも)りさせて頂くため、5カ月ぶりに教会道場へ行きました。ご供養後、法座席に置かれた開祖さまのご著書をふと手に取って開くと、「自分のことを忘れること、これが仏教の極意」という一節が目に留まりました。ハッとして、わが身を振り返りました。「面倒を抱えたくない」という一心で自己中心になり、思いやりの気持ちを忘れていたことに気づいたのです。

後日、勇気を出して上司に言葉を掛けました。すると、上司は笑顔になり、逆に私を心配してくれました。つらい状況でも優しく接してくれたことに、心がポッと温まりました。会話もしやすくなり、今では上司と職場の問題を話し合い、改善に向けて力を合わせています。

自ら一歩を踏み出す。今回の経験で学んだことを生かし、悩みを抱える人に寄り添っていきたいと思います。

青空法座 手話で思い伝え合う

八王子教会主任(46歳・女性)

夫は、耳に障がいがあります。新型コロナウイルスが流行してからは、生活の中で不便に感じることが増えたようです。皆さんがマスクをつけると、口の動きが見えず、言葉が読み取れません。また、人に会えないと手話を目の前で見られないため、以前のように十分なコミュニケーションもとれないのです。

支部の中にも耳の聞こえない方が何人かおられ、同じようなストレスを抱えていました。皆さんで思いを分かち合えないかと、夫と相談し、近くの河原で青空法座をしようという話になりました。 

手話での会話は、十分な距離を取っても意思を伝え合えるので、感染対策を万全にして実施することになりました。

当日は7人が集い、久々の再会を喜びました。それぞれ積もる話もあり、夢中で手話を交わして会話を楽しみました。皆、晴れやかな顔になってその日は解散。法座を開いて良かったと思いました。

今の状況下で、人とつながることは容易ではありません。ましてや耳に障がいのある人にとっては、さらにハードルが高くなります。オンライン会議システムを利用するとしても、機械操作に慣れていない方もおられますし、そもそも環境が整っていない方もいますが、一人でも多くの方とつながっていけるよう、今できることを日々模索し続けていきたいと思います。