気づきを楽しむ――タイの大地で深呼吸(50) 写真・文 浦崎雅代(翻訳家)
そんなある日、応用行動分析学を研究し、教育現場で実践されている星槎大学の三田地真実教授のオンラインセミナーに参加する機会があった。応用行動分析学は心理学の一分野で、「ヒトを含む生物個体がなぜそのように行動するのか」という問いの「なぜ」に着目して発展してきた学問であるという。日本ではとりわけ発達障害のある方への行動支援、学校や家庭など教育の場面で活用されている。要は、「行動は、周りの環境との相互作用によって増えたり減ったりする」という考え方だ。セミナーではこれに基づき、良い行動を促す、悪い行動を減らすためのヒントを、学問的に教わった。
ポイントは、ある行動をした「後」にどのような刺激を得るかという点だ。例えば、ゴミ捨てがうまくできなかった時に親が叱(しか)る。これは一見すると正しい行為のように見える。だが、子供にとっては、叱られることで、親からの反応という刺激を得ることになる。つまり、親が叱れば叱るほど、たとえ不快であったとしても、親からの反応を得るという欲求が満たされてしまうのだ。私は叱ることによる刺激ではなく、「良い行いをした時に褒める」という刺激が重要だと学び、早速息子への対応を変えてみた。
息子がゴミ箱にゴミをしっかり捨てることができたタイミングで、私がそれに気づくよう努め、「よくできたね!」と笑顔で褒めることを心がけた。最初の頃は、息子はまだ、隠れてあちらこちらにゴミを捨てていた。しかし、私はそれを見つけても、あえて拾わずにそのままにしておいた。そしてゴミ捨てができた時にだけ、笑顔で声をかけるようにした。すると1~2週間で、だんだんと息子の行動が変わってきたのだ。
ゴミを捨てる時は、「僕、今、ゴミを捨てているよ!!」と、自慢げに私にアピールするようになった。すかさず褒めて喜びの時間を共にした。すると今度は、自分で空き箱をゴミ箱に見立て、遊びの一環のようにゴミを拾い始めた。また別の日にお菓子をあげると、「ゴミを入れるから小さな袋をちょうだい」と私に言うようにまでになったのだ。
ちょっとした対応の変化で、こんなに変わるものかと驚いた。私はこれまで、相手を注意する時だけ声を出し、良い時にはできて当然と思ってしまっていたのだ。息子との出来事から、わが子を承認し応援する言葉を発していなかった自分に気づくことができた。
良い行動をしているのを見かけたら、それを「良い行動だね」とたたえること。これは何も、子供に対してだけではなく、大人であっても大事なことだ。私自身もやはり、誰かに適切なフィードバックをもらえるとうれしい。善き行いを応援する方法、それを意識しながら今後も他者と豊かな触れ合いをしていきたい。
プロフィル
うらさき・まさよ 翻訳家。1972年、沖縄県生まれ。東京工業大学大学院博士課程修了。大学在学中からタイ仏教や開発僧について研究し、その後、タイのチュラロンコン大学に留学した。現在はタイ東北部ナコンラーチャシーマー県にある瞑想(めいそう)修行場「ウィリヤダンマ・アシュラム」(旧ライトハウス)でタイ人の夫と息子の3人で生活している。note(https://note.mu/urasakimasayo)にて毎朝タイ仏教の説法を翻訳し発信している。