内藤麻里子の文芸観察(84)

奇想の中に、現代世界の権力構造を突きつける異色作が白石一文さんの『とめどなくちいさき人へ』(祥伝社)だ。これを書いたのは作家の怒りか、絶望か。そして私たちは、これに何を思うのかが大切なのだと思う。
最初にこう紹介してしまうのをお許しいただきたい。最後は驚天動地の展開になる。ところがそこに至るまでの行く立ては、ある1点を除いて、ごく普通の家族小説なのだ。夫婦や姉弟、実家と夫の関係をつづる筆はとても濃(こま)やか。難題が次々と起こり、一人の女性が悩みながら生きている姿を読んでいるものだと思っていた。
主人公は凜堂(りんどう)久美。東京23区の企業で組織された公益団体「帝国経済連合会(帝経連)」に勤める。夫との間に、中学生の娘と小学生の息子がいる。初っ端(しょっぱな)から、夫との会話に気を使っているのが分かる。一つ言葉を間違えると、機嫌を損ねて思うような答えも得られないらしい。そこをうまく操縦する久美は、仕事も出来て帝経連では管理職になっている。かつていじめで引きこもった弟の面倒を見ていたことから、同じくいじめられた過去のある仕事先の年下の男性とは義姉弟の間柄を楽しんでいる。
そんな久美に、ある力が顕現する。憎い相手、厄介な相手の死を願うと、それが実現してしまうのだ。それが先に「ある1点を除いて」と述べたものだ。例えば、義姉弟の関係といっても、傍(はた)からすると不倫に見える。それを脅してきたらしい相手に対して、「この恐竜に食い殺されてしまえばいいのに」と思うと、その人物の自宅が倒壊し、下敷きになって死んだ。
最初は危ぶみつつ、けれど恐るべき検証を経て、力を確信していく。悩み、恐れる久美は「自由自在に人を殺すことのできる能力――それこそが権力の真髄(しんずい)ではないか」ということに気づく。アメリカやロシアの大統領らが持っている力の使い方、その態度などに考えを及ぼしていく。
一度は封印も考えた久美だが、物語は過去の因縁が絡んで戯画的な展開になだれ込む。そして一線を越えた時、とんでもない対決が待っていた。
あまりの奇想に、あっけにとられた。すぐ本を閉じたが、どうにも気になって仕方ない。思い切りエンターテインメントに振り切って、大事なことを伝えようとしているのか。はたまた日常の物語に暗喩を託して、権力の本質を主人公と共に感じさせようとしているのか。タイトルにある「とめどなくちいさき人」は私たちである。世界には、“悪”と闘ってくれるスーパーヒーローはいない。ならばどうするかは私たちの問題なのだが……。
プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。
内藤麻里子の文芸観察





