内藤麻里子の文芸観察(85)

こういうところに目をつけたのかと、物語を生み出す着眼点に感心したのが一穂ミチさんの『希望の子』(文藝春秋)だ。連作短編で子どもたちの、あるいは子ども時代の引っかかりを抱えて成長した大人の、心の綾(あや)を描き出す。

冒頭の表題作に登場する小学5年生の雪花は、スクールカウンセラーにかかっている。週1、2回はカウンセラーの梢先生の家にも通い、「反希望クラブ」の活動をする。雪花は2011年3月11日、東日本大震災の日が誕生日だ。両親は福島県に住んでいたが、母が出産のために大阪の実家に戻っていた時に生まれた。以来、両親は福島と大阪に別れて暮らし、父とは疎遠だった。ある事情から、失声症になって声が出ない。「反希望クラブ」とは「誕生日によって生まれながらに何らかの希望を背負わされてしまった人」のグループで、梢先生が立ち上げた。彼女は1995年1月17日、阪神淡路大震災の日、神戸に生まれた。一緒に活動する大学生の朝海は2001年9月11日、米同時多発テロの日、ニューヨークで生まれ、消防士の父を亡くしている。クラブと言っても身の上話を語るも語らないも自由、しかもそれに口を挟まない。会っても雑談していることが多い。

大きな災害や事件が発生すると、メディアは被災地や遺族に新しい命が誕生したことを報道することが多い。そこにみんなが希望を見るからだ。では、その子たちはどう成長するのか。本作が秀逸なのは、託された希望が重荷だとしても、生きづらさの病理に踏み込まないことだ。重荷は重荷としてある上で、それに対して怒りながらも、困惑しながらも生きていく姿を描き出す。

そこにある感情、エピソード、ストーリー展開のどれをとっても微妙なところを柔らかく、鮮やかにすくい上げる。しかもただ優しいだけではない。「今は特に、他人の傷にすごくデリケートでしょう。うかつに触れるどころか、そこに傷があると気づいてもいけない(中略)それがまた相手を傷つけるかもしれないから……(中略)触れるって、そんなにいけないことかなあって」と、穏やかに問題提起を潜ませもする。

短編には、実は双子である朝海の物語や、摂食障害だった梢の高校時代も描かれる。幼い頃にいた教団の教祖と同じ誕生日だった男性、天安門事件の日に生まれた中国人留学生と知り合った女性も登場する。生きることの大事な部分を、実に多彩な角度から切り取って見せる。最終話「汽水域」は、少し成長した雪花が1人の少年を救う。どの短編も、静かに心に忍び込んでくる力を持つ。

プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。

【あわせて読みたい――関連記事】
内藤麻里子の文芸観察

▲