内藤麻里子の文芸観察(80)

凪良(なぎら)ゆうさんの『多類婚姻譚』(講談社)は、結婚をめぐる関係性を通して、現代社会を生きる多難さが浮き彫りになる短編集だ。結婚間際のカップルもいれば、結婚という形にとらわれない登場人物もいる。解像度高く現代人を見つめている。
今や日本は多様性、ジェンダー、ハラスメントなど、さまざまな問題が指摘され、コンプライアンスに配慮しながらみんなが快適に働き、暮らせる社会を目指している。そんな現代を生きる属性や考え方の違う人々が登場する短編5本が収録されている。いずれも大手の食品会社で働く人々が何らかの形でかかわってくる。
例えば4話目の「Position Talk」は、同社の宣伝部で働く佐々木律が主人公だ。広報部で働く朱里(あかり)と結婚の準備をしている。本作は、今を生きる男性の戸惑いをこれでもかと活写する。
律はいつの頃からか、発言する時は「こんなことを言うのはどうかと思うけど」などとエクスキューズを入れるようになった。現在の価値観とズレていないか、不用意なことを言わないかと気にかけるからだ。朱里は男性を立てるような昭和の価値観を嫌う今どきの女性で、律にも結婚への覚悟を問う。家事や子育てはできるのか、働く私を支えられるのかといちいち詰めてくる。
それに対して誠意をもって応えようと律は煩悶(はんもん)し、「男も女も独身のほうが圧倒的に楽なのでは?」と考えたり、「男が言うと差別になる言葉を、女が権利として主張することに対して違和感を覚え」たり。姉や幼なじみからは、上の世代の罪を若い世代が問われる現状は「歴史の帳尻合わせ中」と言われ、悪意なく女性に期待する事事は「無意識の搾取」だと突きつけられるという具合に、ふと立ち止まって考えてしまう指摘や現状分析にあふれている。終幕、律が思わず口走る理想の結婚の形は傑作で、同情をこめて笑えてくるが、本当は笑っている場合ではない。
他にも性的少数者のカップルや、専業主婦になりたい派遣社員、バツイチの女性と病気休職中の男性らの物語が並ぶ。それぞれのシチュエーションの中で、結婚や、それ以外の在り方について思考実験しているかのようだ。
そして、こうした要素をくるむストーリーが、なんとも丁寧に紡がれている。適度なコミカルさ、アイロニー、気になる登場人物のその後の姿をちら見せするなど、読者のツボを押さえたサービスや展開は手だれの域。驚き、心痛め、あるいは慰められもするそれぞれの人生の物語をのめり込むように読んでしまった。
プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。
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