内藤麻里子の文芸観察(81)

「家族」と聞いて、あなたが思い浮かべるのはどんな家族だろう。親がいて子がいて、親は子を育て、躾(しつ)け、叱り、食事を共にし、団欒(だんらん)する。もしこう考えたなら、かなり時代遅れといえる。今は“超「個」の時代”だ。食事は孤食だし、親は自分が大事だから、自分が楽しくない躾(しつけ)なんかしない。それを学校に期待するなど、子育てのアウトソーシングが進んでいる。そんな現代の家族の実態を、私は『ぼっちな食卓―限界家族と「個」の風景』(岩村暢子著・2023年刊)で知った。今回紹介する武田綾乃さんの『ここはこどものいない国』(講談社)は、この現代の家族が行き着く、あり得べき未来を見事に描き出している。
時は2226年。性欲、食欲、睡眠欲の三大欲求を100年前に解消した世界だ。人間は工場で生産され、少子化問題を解消した。生まれた子どもたちは「学習舎」で育てられ、毒親はもはや存在しない。その一方で愛玩用の「PB(ペットベイビー)」がいる。生後5カ月ほどで出荷され、7カ月程度で成長は止まり、10年足らずで生涯を終える。泣かず、しゃべらず、飼い主の負担はほとんどない。
子育ての手間がいらず、でもPBへの愛情も味わえる。大人に都合よくできているのだ。さらに、子を産む必要がないため、カップルは異性同士に限らない。スティックバーやドリンクの完全栄養食ができ、料理は富裕層の娯楽となった。経済格差はあるが、ベーシックインカムが整っていて対策は取られている。睡眠補助剤によって短時間睡眠で過ごせ、膨大な娯楽を消費することができる。
物語の主人公、笹川美奈子は28歳、薬品や出産・ペット事業を手がける企業の登録社員(正社員ではない)だ。実は美奈子は母親から生まれ、手料理を食べて育った「自然派」出身だ。世間一般には忌避されているから、出自は隠している。そんな美奈子の前に新人の正社員、伊藤類が現れる。彼女は工場生まれであるにもかかわらず、妊娠し、出産を望んでいた。美奈子は自然派育ちゆえのコンプレックスを抱えながら、伊藤と親しくなっていく。この出産は果たしてうまくいくのか――。
とにかく設定に目を奪われた。科学技術によって現在の問題が程よく解決されている未来社会が、どうしてもディストピアにしか見えない。三大欲求が解消されたのはいいけれど、それならば生きている甲斐(かい)はどこにあると思ってしまうからか。しかし、美奈子も伊藤もその世界で生きている。しかも、これは絵空事ではない未来だと思うと、彼女たちの幸せとは何か、考えあぐねてしまった。
プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。
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