内藤麻里子の文芸観察(82)

吉田修一さんの『タイム・アフター・タイム』(幻冬舎)は、泣きたくなるような青春恋愛小説であり、まっとうに生きている人間の姿を描く。繊細に紡がれてゆく彼らの物語はあまりにもいとおしくて、まるで作者から宝物をもらったような気分になった。

いきなりの土砂降りに遭い、タクシーに相乗りすることになった建設会社社員の尾崎颯は、乗り合わせた女性が高校の元同級生、久遠(くおん)愛という偶然に見舞われる。久遠は広告代理店に勤務し、何と二人は同じ新美術館建設にかかわっていることが判明する。ところが、設計デザインの盗用疑惑が起き、計画に暗雲が立ち込める。この問題に対処する現在と、尾崎と久遠の二十数年前の高校時代が交互に語られていく。

高校時代の尾崎は真面目で正直、気配りもでき、話も分かるかなりいい奴である。高3になって、久遠に告白しつきあうようになるが、自分ではどうしようもないことが出来(しゅったい)して非難され、傷ついていく。非難する人々の言葉は怖いほどリアルで、言っている人物の体温や匂いまで感じられるほどだ。こんなふうに濃(こま)やかな描写にあふれ、心がいちいち反応してしまう。

高校時代の尾崎と久遠は、「こしあん」派か「つぶあん」派かなどというくだらない話題で長々盛り上がり、ケラケラ笑っている。そんな姿はまぶしくて仕方ない。一方の現在では、盗用問題だけでなく、それぞれのパートナーとの間に解決しなければならない事情も抱える。過去も現在も、この先どうなるのかとページを繰る手が止まらない。

彼らは恋も仕事も家庭も、誠実に時に機転を利かせて向かい合う。挫折しても、障壁があってもどこかで腐ったり、ひねたりはしない。地道に一生懸命生きる。言ってみれば普通の人が生きているだけとも言えるが、それ故に彼らの歩む姿から目が離せず、心痛め、あるいは応援したくなる。

仕事上の問題に関して、尾崎はある福音に恵まれる。しかしそれとて後にいいことがあるだろうと意図して行動した結果ではない。人生の難問はあちこちにあって、そのたびできるギリギリの対応をするのが精いっぱいだ。たまさか訪れる福は、予想もしない遠因によることがある。しかし、生きるとはこういうことではないのか。言動一つ一つが他人になにがしかの記憶を残す。人生はその連続なのだろう。そんなことを静かに教えてくれる物語である。

もはや青春は過ぎ去り今更あがいても仕方ないが、せめていい大人であること、まっとうに生きることを考えつつ本を閉じた。

プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。

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