男たちの介護――(4) 認知症の母との二人暮らし 心折れそうになりながら

今度は自分が母に尽くす番

出向が決まった。勤務先も名古屋になる。藤堂靖之さん(69)は定時制高校を卒業後、広島市内の大手製鉄機械メーカーで働いてきた。さまざまな部署を経験し、50歳の時に名古屋の関連会社へ出向することになったのだ。

転居するにあたり、独身の藤堂さんには一抹の不安があった。同居する母の智代さんのことだ。〈広島に残し、独り暮らしをさせて大丈夫だろうか〉。母の言動に現れ始めた、かすかな異変を感じていたからだった。

以前は、佼成会のサンガ(教えの仲間)と会員宅などによく出掛けていたが、足腰が弱くなるにつれ、自宅にこもりがちになった。70代後半になると物忘れが激しくなり、財布や家の鍵をなくしたりするようになった。

離れて暮らすきょうだいたちと話し合った結果、母を伴って名古屋で暮らすことに決めた。それは、若くして夫を失い、女手一つで育ててくれた母への恩返しにほかならなかった。しかし、現実は厳しかった。

名古屋に着任して3、4年後、母に認知症を思わせる言動が目立ち始めた。大声で軍歌や童謡を歌ったり、コンロにかけていた鍋を焦げ付かせたりすることもあった。「母さん、しっかりしてよ」。思ったままを口にして怒らせたこともあった。やりとりがちぐはぐになってしまい、収拾がつかなくなったことは数え切れない。検査で、アルツハイマー型認知症と診断された。この時、母は80歳だった。

職場へ出勤することが息抜きになっていた。それが後ろめたく、心が痛んだ。母のそばにいてあげなくていいのか。自問自答を繰り返した。仕事はやりがいがある。しかし、母の面倒を誰が見るのか。今の母にとって頼れるのは私しかいないはずだ……。