TKWO――音楽とともにある人生♪ クラリネット奏者・大浦綾子さん Vol.1

日本トップレベルの吹奏楽団として知られる東京佼成ウインドオーケストラ(TKWO)。演奏会をはじめ、ラジオやテレビ出演など、多方面で活躍する。また長年、全日本吹奏楽コンクールの課題曲の参考演奏を行っていることから、特にコンクールを目指す中学生・高校生の憧れの存在でもある。本企画の20人目に登場するのは、クラリネット奏者の大浦綾子さん。今回は、吹奏楽との出合い、クラリネットを始めるきっかけなどについて聞いた。

初めて吹いたクラリネットの音を褒められて

――子供の頃から、音楽は好きでしたか?

母の勧めで、私は4~5歳ごろからピアノを習い始めました。毎月、大学で音楽を専攻する学生が、家に来て教えてくれていたのです。でも、実を言うと、あまりピアノの練習が好きではありませんでした。次のレッスンまでに、課題曲を練習しておくように言われるのですが、前日まで手をつけず、それを知った母に叱られて、泣きべそをかきながらピアノの鍵盤を叩(たた)いていたことを今も覚えています。ただ、小学校に入ってからは、音楽の授業の成績は良かったですし、音楽自体は好きでしたから、中学校に進んだら、吹奏楽部でピアノ以外の楽器をやってみたいと思っていました。

ところが、当時はテニスアニメ「エースをねらえ!」がはやっていて、スコート姿のかわいらしい主人公に憧れた私は、テニス部と吹奏楽部のどちらに入部するか迷いました。そんな時、昼休みに、友人に誘われて、吹奏楽部の新入生歓迎コンサートを聴きに行きました。その時に演奏された「宇宙戦艦ヤマト」がとても格好良くて、吹奏楽部に入ろうと決めました。

――いろいろな楽器がある中、なぜクラリネットを選んだのですか?

親友のお姉さんがその吹奏楽部でクラリネットを吹いていたんです。彼女に誘われるがまま、クラリネットのグループに連れて行かれ、「とにかく一回、吹いてみて!」とクラリネットを差し出されました。みんながコツを教えてくれて、その通りに息を吹き入れてみたら、音が出たんですね。すると先輩たちは、「一発で音が出るなんて天才じゃない?」「この楽器以外に考えられない」などと、口々に褒め言葉を掛けてくるのです。私もまんざらではなくなって、〈そこまで言うなら、自分に向いているクラリネットをやってみようかな〉と、気持ちが傾きました。

今考えれば、クラリネットは、音の良しあしは別として、鳴らすことはそれほど難しい楽器ではありません。後で分かったことですが、吹奏楽部では、新入生を褒めて、おだてて勧誘するのが常とう手段でした。私はその策略にまんまとはまり、クラリネットを始めたのです。

――すぐにクラリネットにのめり込むように?

入部してすぐに楽器を買ってもらえたので、楽器に愛着を持ち、一生懸命に練習していました。クラリネットがさらに好きになったのは、あるレコードとの出合いがきっかけです。プロのクラリネット奏者の演奏が聴きたいと思った私は、中学1年生の冬休みに、お年玉を握り締めてレコード店に向かいました。当時は全く知識がなく、クラリネットの有名な奏者と言われてもほとんど分からなかったので、レコードジャケットに記された「クラリネット」と「モーツァルト」の文字を頼りに探し、「クラリネット協奏曲」(モーツァルト作曲)を買って帰りました。家に帰って聴いてみると、それはもう、信じられないような美しい音色で、衝撃を受けました。

その演奏者が、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者を務めたアルフレート・プリンツという名奏者であることは後に知りました。とにかく、その音色に魅せられて、レコードが擦り切れるほど毎日のように聴き入っていましたね。聴き続けていると、今度は自分でも吹いてみたくなるんですよ。しばらくして、自分でポケットスコア(全ての演奏パート譜がまとめられた小型の冊子)を買って、時間があれば、クラリネットのソロパートを練習していました。

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