「時代」の声を伝えて――文学がとらえた80年(9) 文・黒古一夫(文芸評論家)
「僕」の姿は、今も
この『僕って何』の「僕」の在り様は、10年後に全世界で1000万部を超す大ベストセラーになった村上春樹の『ノルウェイの森』(1987年)のラスト・シーンで、精神を病んだ恋人に自殺された主人公が感傷旅行(センチメンタル・ジャーニー)の果てに、公衆電話ボックスの外を行き来する群衆を眺めながら、電話で親しい女友達に「僕は今どこにいるのだ? でもそこがどこなのか僕にはわからなかった。見当もつかなかった」と訴える姿と重なる。
そして、そのような「僕」の姿は、現状を肯定し、自らが主体となって「改革」することを望まない現代の私たち一人ひとりの在り様にも通底しているのではないか、と思っている。
プロフィル
くろこ・かずお 1945年、群馬県生まれ。法政大学大学院文学研究科博士課程修了後、筑波大学大学院教授を務める。現在、筑波大学名誉教授で、文芸作品の解説、論考、エッセー、書評の執筆を続ける。著書に『北村透谷論――天空への渇望』(冬樹社)、『原爆とことば――原民喜から林京子まで』(三一書房)、『作家はこのようにして生まれ、大きくなった――大江健三郎伝説』(河出書房新社)、『魂の救済を求めて――文学と宗教との共振』(佼成出版社)など多数。
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