「時代」の声を伝えて――文学がとらえた80年(9) 文・黒古一夫(文芸評論家)
安定成長期にあって「途方に暮れる」僕たち
1960年代の半ばから順調に進展してきた高度経済成長も、70年代に入ると安定成長期に入る。そんな70年代は、半年余りで6421万人余りを集めた日本万国博覧会(大阪万博 1970年3月15日~9月13日)と、同じ年の11月25日に起こった、ノーベル文学賞候補・三島由紀夫が自衛隊市ヶ谷駐屯地(現・防衛省本省)で衝撃的な自刃(割腹自殺)を遂げた「三島事件」で始まった。この二つの事実は、70年代がどのような様相を呈するものになったかを如実に物語っていた。
それは、この時代に、後の80年代後半から始まる「バブル経済期」を予測させる兆しが現れていたからである。何よりも「モノ・カネ」が優先され、「精神=こころ・志」が蔑(ないがし)ろにされる「玩物喪志(がんぶつそうし)」の風潮がまん延したことによっても明らかであろう。頼れるものは「夢」や「希望」、あるいは「生きるための哲学・心情」などといった精神的なものではなく、目前の欲望を充足させてくれる「モノ・カネ」であるという、2018年の現代にも通じる物質(モノ・カネ)第一主義が世の中に罷(まか)り通るようになったのである。