「時代」の声を伝えて――文学がとらえた80年(8) 文・黒古一夫(文芸評論家)

画・吉永 昌生

ベトナム戦争と日本との関係に焦点を当てた開高健

戦後の反体制運動に画期をなしたといわれる「べ平連(ベトナムに平和を!市民連合)」の運動は、アメリカ国内はもとよりヨーロッパ各地をはじめとして全世界的規模で展開された「ベトナム反戦運動」の一環でもあった。今回取り上げる開高健は、その「べ平連」結成メンバーである。

素朴な子供の目を通して「権威主義」を笑いのめした『裸の王様』(1957年)で芥川賞を受賞した開高健。彼の『輝ける闇』(68年)は、北爆が始まる前年の64年、朝日新聞の臨時特派員としてアメリカ軍の軍事顧問と共に南ベトナム政府軍に従軍した時の経験を基にして、戦争(最前線)が死を前提とした過酷なものであり、いかに人間の尊厳を蝕(むしば)むかを描いたものである。

この長編は、いつ「敵」の銃弾が飛んで来るか分からないジャングルの中を兵士らと共に歩くことで、「生」の対極にある「死」がいかに軽く扱われるかを実感するようになった主人公が、「情婦」のベトナム女性との関係に溺れ、次第に「頽廃(たいはい)」的・「虚無」的な日々を送るようになる様を描いたものだ。作中の「あやふやな中立にしがみついて自分一人はなんとか手をよごすまいとするお上品で気弱なインテリ気質にどこまでもあとをつけられている自分に嘲笑をおぼえたのだ」という言葉は、当時の“ベトナム戦争とは無関係”を装って「安穏」を貪(むさぼ)っていた「平和国家」日本とその国民の在り様を暗に批判したものにほかならなかった。

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