「時代」の声を伝えて――文学がとらえた80年(8) 文・黒古一夫(文芸評論家)
平和な時にこそ戦争の悲劇に目を向ける
『輝ける闇』は、『夏の闇』(1972年)と没後に発見された『花終る闇(未完)』(90年)と共に、ベトナム戦争を背景とした「闇三部作」といわれる。彼には、これらとは別に、歴史上アメリカが唯一「敗北した」ベトナム戦争の実際を一人の作家の目を通して詳細に伝えたルポルタージュ(従軍記)がある。写真家秋元啓一の写真が満載された開高健の『ベトナム戦記』(65年)だ。
開高健は、先の『輝ける闇』の最後に「つくづく戦争はいやだ」と書きつけている。『ベトナム戦記』は、南北の双方で約360万人の戦死者・行方不明者と約460万人の民間人犠牲者(アメリカ人を含む)を出して、1975年4月30日に終わったベトナム戦争が、いかに「悲惨」かつ「愚かな」戦争であったかを読者に訴えて余りあるルポルタージュになっていた。
戦争はあってはならない。この思いを忘れないために、私たちは今改めて、『輝ける闇』や『ベトナム戦記』を通して開高健が伝えたかった「戦争はいやだ」の意味を考える必要があるのではないだろうか。
プロフィル
くろこ・かずお 1945年、群馬県生まれ。法政大学大学院文学研究科博士課程修了後、筑波大学大学院教授を務める。現在、筑波大学名誉教授で、文芸作品の解説、論考、エッセー、書評の執筆を続ける。著書に『北村透谷論――天空への渇望』(冬樹社)、『原爆とことば――原民喜から林京子まで』(三一書房)、『作家はこのようにして生まれ、大きくなった――大江健三郎伝説』(河出書房新社)、『魂の救済を求めて――文学と宗教との共振』(佼成出版社)など多数。
「時代」の声を伝えて――文学がとらえた80年