食から見た現代(30) 最後の一口に寄り添う、第二の家 文・石井光太
飼い主が移住を余儀なくされたり、仮設住宅に動物の同居不可条項があったりで、ペットが行き場を失っていたのである。ペットの中にはガリガリにやせ細り、野生化しているものもいた。
――日本には、被災地だけじゃなく、どの町にも人間が諸事情から飼えなくなったペットがたくさんいる。今の社会には、こうしたペットの受け皿となる場所が必要なんじゃないか。
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東京ペットホームでは、飼い主がいつでもペットに面会できる
渡部氏がそう思い、ビジネスとして考案したのが老犬・老猫ホームだったのである。
この頃、ペットの引き取りをする動物愛護団体の大部分は地方にあり、東京のような大都市には飼い主が安心して預けられるペット用のホームは皆無に等しかった。
代わりにあったのが「引き取り屋」と呼ばれる悪徳業者だった。家庭用のペットだけでなく、ペットショップで売れ残ったペットを数十万円~数百万円で引き取り、狭い部屋にぎゅうぎゅうにつめ込む。そして飼育コストを下げるため、ろくに世話もせず、死んだ順から処分して、飼い主にも知らせない。そんな犯罪まがいのビジネスが行われていたのである。
渡部氏は言う。
「新しい事業としての老犬・老猫ホームのイメージは、引き取り屋とは正反対のスタイルでした。昼夜を問わずに知識を持ったスタッフがついて、元の家と同じような暮らしを保障し、食事からリハビリまできちんとやっていく。飼い主さんにはいつでも面会にきてもらいたいし、うちからもこまめに情報を伝える。そうすることでペットのQOL(生活の質)を上げる施設を作りたいと思ったのです」
こうして東京ペットホームを開業したのだが、初めの数年は試行錯誤の連続だった。動物個々に合わせたサービスを提供したいと思っても、動物によって食事や散歩の習慣はバラバラだし、病気によって介護の仕方も異なってくる。さらに言えば、病気や年齢が進むにつれ、それらにも変化が生じる。
老犬・老猫ホームの看板を掲げる以上は、飼い主やペットの細かなニーズに応えなければならない。だが、それをすればするほどコストが高くなっていく。
渡部氏はつづける。
「やってみてわかりましたが、老犬・老猫ホームの経営はかなり厳しいのです。おそらくホームだけで採算が合うというところはほとんどないでしょう。うちの場合はホームとは別にペットホテル事業もやっていますが、他社さんもトリミングサロンや動物病院を併設し、全体で利益を出しているのが一般的です。
都内でもホームの中には経営がうまくいかず、倒産するところも少なくありません。そうなると、預かっていた動物を誰が引き取るかという問題が出てくる。我々のような同業他社が引き取るのが一般的ですが、別の施設へ移されればペットが抱えるストレスは大きくなるし、飼い主も遠くて面会に来られないということが起きます。きちんと事業をつづけていくということも、私たちに課された責任なのです」
東京ペットホームが設定している料金は、1匹あたり年間で100万円ほどだ(大きさ等によって異なる)。先述のように都市型の施設としては標準的な価格で、高級施設の場合は150~200万円になる。逆に地方の場合は、1年間で約50万円が相場だそうだ。
都市型の施設と地方の施設の料金の差は、土地代や人件費が大きくかかわっているが、それ以外にも飼育に対する考え方の違いも影響しているという。
都市ではマンション等の集合住宅で家族同然の存在として人間とペットが一緒に住んでいることが多い。そのため、飼い主は老犬・老猫ホームを擬人化し、預けた後も質の高いサービスを求める傾向にある。
一方、地方では一軒家の庭に作った犬小屋で犬を飼っていたり、猫に家と外を自由に行き来させたりするといった習慣が残っている。こうなると、飼い主とペットの距離も広がる。こうしたことから、地方の人たちほど、老犬・老猫ホームに細かいケアは求めないのだそうだ。
東京ペットホームに預けられている犬猫の多くは高齢で、大なり小なりケアを必要としている。特に犬に関しては約半数が自力での歩行が困難な状態にある。
スタッフは、代表の渡部氏を除けば全員が女性だ。女性が多い理由としては、高齢のペットの介護は「新生児の子育て」に似ている点があるからではないかと渡部氏は推測する。
犬にせよ、猫にせよ、年老いたペットは非常に静かで、か弱く、命を丸ごと預けてくる。そうした姿は、人間の高齢者というより、誕生して間もない嬰児(えいじ)に近いのだ。それゆえ、スタッフは乳飲み子をいとおしむような気持ちで、高齢の動物の世話をするという。
とはいえ、犬も猫も最初は自宅から離れ、見知らぬ老犬・老猫ホームで生活することには抵抗を覚えるらしい。渡部氏は言う。
「うちにいる子たちはずっと飼い主さんの家で暮らしてきたので、最初にここに来る時はものすごく寂しがりますね。夜通し、飼い主さんを呼ぶように遠吠えをすることもざらです。数日後に家族が面会に来た時に、一緒について帰ろうとすることもあります。でも、毎日私たちが親身になって接しているうちに、だんだんここが新しい家だと受け入れるようになり、生活に慣れていく。
犬と猫だと、猫の方が新しい環境に慣れるまでに時間がかかります。『犬は人について、猫は家につく』と言われるように、猫は住まいが変わることをとても嫌がるんです。警戒して、食事どころか、水を飲むことすら拒否する子もいます。
なので、うちに来たら、個室をできるだけ自宅に近い状態にするところからはじめるようにしています。自宅で使用していたクッションやお皿を使用するなどして、ストレスをできるだけ抑えるのです。猫に関しては環境から徐々に慣れさせていくことが欠かせないのです」
こうして老犬、老猫ホームは、時間をかけて動物たちの第二の家となるわけだが、悲しいかな、それゆえ元の飼い主の存在を忘れてしまうこともあるらしい。数カ月ぶりに元飼い主が来ても見向きもしないのだ。
面白いことに、ここにも犬と猫の違いがあり、元の飼い主を忘れるのは猫の方が割合としては高いという。犬は認知症にならない限り、長期間会わなくても覚えているが、それに関して猫は淡泊な性格らしい。
東京ペットホームに預けられたペットは、数カ月から数年ここで過ごした後、あの世に旅立つことになる。
最期を迎えるに当たってスタッフが大切にしているのが、どこまで介護をするかという問題だ。必要以上に延命治療をつづければ、苦痛を延ばすことになりかねない。
渡部氏は語る。
「最期が迫った時にどこまでケアをするかはとても難しい問題です。原則として飼い主の方と事前に話し合いますが、こちらに委ねられた場合は、おおよその線引きをするようにしています。その子が自ら食事を口にするのをやめたかどうかというところです。
動物が弱ると自力で物を食べられなくなるので、私たちが食事用のシリンジ(注射器型のポンプ)で栄養のある流動食を口に入れることになります。それを受け入れて食べているうちはいいのですが、どこかの段階で口を開かない、目や鼻を動かさない、飲み込もうとしないということが起こります。これは、その子が食べるという行為そのものをやめたことを意味します。
こういう子に対して無理やり栄養を与えたところで、誤嚥(ごえん)を起こしたり、苦しみを長引かせたりするだけでしょう。体が限界だと言っているわけですから。なので、私たちとしてはその子がものを食べなくなった時点で、『もういいんだね』という話をして、きちんと飼い主の方に伝え、看取りへと移行します。食べられなくなってから、1~2日で亡くなります」
動物が天寿を全うすれば、飼い主にもどすことになる。ただすでに述べたように、飼い主の方も、体調を崩しているなど引き取れない事情を抱えていることが少なくない。
そんな場合は、ホームの側が飼い主の希望を聞いて葬儀を代行する。火葬だけにするのか、親族を呼んで葬儀を開くのか、墓地は決まっているのか。一般的な相場でいえば、簡単な葬儀と火葬をした上で提携している霊園の共同墓地に葬った場合で4~5万円。火葬のみで遺骨を引き渡す場合は1~2万円だという。
わずか十数年前まで、東京には老犬・老猫ホームはほぼ存在しなかった。そのことを踏まえれば、年を取った動物の介護から葬儀まで手厚くやってくれるサービスが広まりつつあることは、すべての飼い主にとって歓迎するべきことだろう。
今後、日本の人口は、東京のような都市に集中するといわれている。今以上に未婚や晩婚が増え、高齢化が進めば、都会における老犬・老猫ホームの需要は否応なしに高まっていく。
渡部氏はそうしたことも踏まえ、「一般社団法人老犬ホーム協会」の立ち上げを主導した。彼は言う。
「老犬・老猫ホームの認知はまだまだです。飼い主が存在を知らなければ、諸事情から飼えなくなった時に保健所に預けて殺処分されてしまうとか、悪質な引き取り屋に高いお金を払って引き渡してしまうといったことが起こりえます。行政の担当者への周知も欠かせません。彼らが相談を受けた時に、我々の存在や連絡先を知らなければ、同じ悲劇が起こりかねないのです。
だからこそ、私たちはきちんと老犬・老猫ホームが何をしているところかを広める必要があると思っています。ホームの信頼度を高め、ゆくゆくは行政と連携することを目指しているのです。日本の同業者が一つに集まってその活動をするために、老犬ホーム協会を設立したのです」
近年、世界では、「動物福祉(アニマル・ウェルフェア)」の考え方が広まりつつある。いかなる動物であれ、心身の健康は保障されるべきだというものだ。老犬・老猫ホームが取り組んでいるのは、まさにそのための事業だといえる。
ペットを飼いたいと思う人も、あるいはその周りの人たちも、老犬・老猫ホームを利用するか否かは別にして、その取り組みを通して生き物を飼うことについて学ぶ意味は大きいだろう。
プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』『蛍の森』『43回の殺意』『近親殺人』『少子化に打ち勝った保育園─熊本「やまなみこども園」で起きた奇跡─』(新潮社)、『物乞う仏陀』『アジアにこぼれた涙』『本当の貧困の話をしよう』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)、『傷つけ合う子どもたち』(CEメディアハウス)など多数。その他、『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』(ポプラ社)、『みんなのチャンス』(少年写真新聞社)など児童書も数多く手掛けている。最新刊に『「ことばで伝える」ができない子どもたち 誰が〈ことばの力〉を育てるのか』(日本実業出版社)。





