気づきを楽しむ――タイの大地で深呼吸(34) 写真・文 浦崎雅代(翻訳家)

「今、ここ」を大切にすることを“気づきを向ける”と表現されることが多くなってきたが、私は食事を作る時、今ここの作業に気づきを向けようと心がけている。しかし、たまに「〇時までに作らなければ!」と、勝手にそんな思考がふっと湧き上がってきて、それにはまり込んでしまうことがある。すると途端に、身心が落ち着かず、そわそわしだし、皿を落としたり、指を切ったりといった凡ミスを犯す。そうした時には、必ずといっていいほど「あー、忙しい!」と無自覚につぶやいていた。しばらくしてハッと我に返り、また一つ一つの動きに戻ってみる。すると、先ほどまでの荒々しい動きや不安が消えていくのだ。丁寧に「今、ここ」に戻ると、忙しいという思いに伴って目の前に出ていた霧が消えていくようで、視界がスッと晴れたようになる。

〈なるほど。そうか、こういうことか!〉と、私は台所で包丁を握りながら深呼吸をする。忙しいと感じている時は、思考が余計な物で飾り立てられたような状態だった。無駄な思考を飾り立てなければ、「忙しい」にはまり込まずに、心を安らかにして作業することができる。

私はまだ、パイサーン師のように、身についてはいないけれど、ささやかでも忙しさにはまり込まない実践を続けていきたいと思う。「忙しい」師走は、その挑戦にふさわしい日々となるに違いない。

プロフィル

うらさき・まさよ 翻訳家。1972年、沖縄県生まれ。東京工業大学大学院博士課程修了。大学在学中からタイ仏教や開発僧について研究し、その後、タイのチュラロンコン大学に留学した。現在はタイ東北部ナコンラーチャシーマー県にある瞑想(めいそう)修行場「ウィリヤダンマ・アシュラム」(旧ライトハウス)でタイ人の夫と息子の3人で生活している。note(https://note.mu/urasakimasayo)にて毎朝タイ仏教の説法を翻訳し発信している。