気づきを楽しむ――タイの大地で深呼吸(22) 写真・文 浦崎雅代(翻訳家)

私たち夫婦がそろって大学教員を辞めた時、経済的に厳しくなるとは覚悟していた。だからこそ私には、「そうはいっても現金収入も大事」との思いが強かった。なので、彼があまりにも焦らないことに、私自身が焦っていた時があった。私は幸いなことに、通訳・翻訳などを通して現金を頂いている。また、アシュラムに修行に来られる日本人の方々のお世話をして、お布施を頂くこともある。夫ももちろん協力してくれていてのことなのだが、いつの間にか私の中に「私は頑張って稼いでいるのだから、あなたも稼いでよ!」という思考がちょこちょこ顔を出すようになっていた。

こういう思考にはまり込むと、もう心はイライラである。気づきを間に合わせようと思っていても、間に合わないことがしばしば。口に出してのけんかはないけれど、私自身が苦しんでいることは分かっている。そうして自分のイライラに何度も気づいていく中で、ある日、ハッ! と私の見方が変わった瞬間があった。

そうか! 彼はお金を介在させることなく、家族を支えてくれているのだ。私が「働く=お金」の呪縛にはまり込む一方、彼は僧侶時代から培った仏教の精神である「知足(足るを知る)」の生き方を、そのまま実践しているのだ。小さいながらも自分で家を建て、トイレを作り、空きスペースには竹でブランコや台を作って、子供の遊び場もある。村人たちとのコミュニケーションも抜群で、相談に乗ってあげたり、モノのおすそ分けを頂いてきたりもする。意図的ではないかもしれないが、お金を介在させずとも生きるもう一つの経済があることを、彼が身をもって教えてくれているように思えてきたのだ。

こうした視点の転換は、私の心を本当に楽にしてくれた。そして彼が大事にすることを、私も大事にしたいと思うようになった。

気がついてみたら、彼は先にもう実践してくれていた。日本とタイの架け橋となるべく奔走する私を、喜々として畑を耕しながら応援してくれている。「あなたが大事にしていることを、僕も大事にするよ」。そんな柔らかな慈愛に見守られて、私は好きなことをさせてもらっている。

さあもうすぐ、出発の時間だ。タイに戻ったら、ありったけの感謝を夫や子供に伝えよう。

プロフィル

うらさき・まさよ 翻訳家。1972年、沖縄県生まれ。東京工業大学大学院博士課程修了。大学在学中からタイ仏教や開発僧について研究し、その後タイのチュラロンコン大学に留学した。現在はタイ東北部ナコンラーチャシーマー県でタイ人の夫と息子の3人で生活している。note(https://note.mu/urasakimasayo)にて毎朝タイ仏教の説法を翻訳し発信している。