栄福の時代を目指して(18) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)
「力こそ正義」対「倫理的正義」
このように、選挙の結果としての国難が日々明確な形を取り始め、国民の生活を脅かしつつある。厳粛であるべき選挙で、「推し活」の人気投票のように遊び気分で投票した人が多くいたから、このような犠牲が生じてくるのだ。後で悔やまないように、私たちは進行中の危機の中から本質的な問題を見抜く必要がある。トランプ大統領はベネズエラ大統領誘拐の際に「私には国際法は必要ない」と発言した。これは、ギリシャの古典的政治哲学で、プラトンが批判した「力こそが正義」という立場を想起させる。その発想を実行して、国際法に反するイラン攻撃も行ったわけだ。
これらに対して、私たちは国際法と正義を守る必要がある。それが崩壊すれば、世界では力だけが横行し、強国による略奪や戦争が当然視されることになってしまう。グリーンランド奪取やカナダ併合の発言も、全てこの現れだ。今や、キューバの体制転換を狙って原油供給を停止して、燃料不足や大規模停電を引き起こした上で、「解放するにせよ、占領するにせよ、私はやりたいようにできる」という暴言を吐いている(3月16日)。このように「力こそが正義」という発想がまかり通ってしまえば、世界には混乱と流血、抑圧、戦乱が生じてしまう。本連載第6回で警鐘を鳴らしたように、「帝国」の支配と戦争が始まってしまうのである。
これへの対抗原理が、倫理的秩序における正義、つまり「倫理的正義」だ。国際法も、究極的には、人々の同意とともに、倫理的正義に支えられている。この正義の基礎は、伝統的には、宗教的な自然の法(自然法)によって正当化されてきた。
そして、戦争の根拠や正当性を問わずに、同盟国だというだけの理由によってアメリカを支持するという態度の基底には、まさしく「力こそ正義」という発想が存在している。高市首相が、選挙や幾つもの疑惑において、ルール違反を犯しており、「覇道」の政治を行っているのは、まさにこの発想に通底している。覇権国だったアメリカの法的違反を指摘せずに、ひたすらに盲従したのも、この体質の現れだ。
覇道の帰結――倫理なき政治と宗教的論理への宗教的批判
でも、「覇道」の発想は、根本的に倫理的に邪であるが故に、決して永続しない。アメリカはすでに世界的に信頼を失い、前述のように北大西洋条約機構(NATO)の同盟国も従わなくなっている。さらに戦況の悪化とともに、国内でも批判が高まり、先述したように高官の辞任が生じた。戦争が長期化すればするほど、世界に犠牲をもたらすが、内部分裂の傾向は加速するだろう。徒(いたずら)にこの「覇道」に日本が追随すれば、日本自身も国際的に信を失い、日本人がその代償を払わされることになる。
典型例がイスラエルだ。イスラエルは、トランプ大統領を引き込んで、倫理なき戦争を開始した結果として、いまイランの猛攻撃を受け、莫大(ばくだい)な被害が生じている。ガザの破壊や虐殺と同じような現象が、今度はイスラエルにおいて起こっている。ここでもまた因果応報という言葉を想起せざるを得ない。
さらに、ここには倫理なき宗教の影響もある。イスラエル極右政治には、ユダヤ教の選民思想が影響を及ぼしているし、トランプ大統領をキリスト教福音派が支持している。その中には、トランプ大統領を、キリストの再臨に不可欠な存在として擁護する考え方すら存在する。
ネタニヤフ首相は「われわれは歴史的な時代にいる」「中東のパワーバランスを変える偉業を達成した」と自賛し、大国になれば「危険を遠ざけ、将来を確実にする力を得られる」と述べた(3月19日)。ここには大国化への野心が窺(うかが)われ、その底には、ユダヤ教の聖典の記述に即して支配地域を拡大しようという野望が見え隠れする。
さらに「残念ながら、そして嘆かわしいことに、イエス・キリストがチンギスハンに劣ることは歴史が証明している。なぜなら、十分な武力と影響力、冷酷さがあれば、悪は善に勝つからだ」という歴史家デュラントの言葉を引用し、「攻撃(侵略)は平穏に打ち勝つ。だから選択の余地はない」(3月19日)と付け加えた。キリスト教徒から批判が巻き起こったので、翌日「イエス・キリストをおとしめたものではない」と釈明したものの、この歴史家の言葉は「力なき正義は悪の前に無力」という意味だから、その引用は「力こそ正義」の論理的正当化になる。
またアメリカではホワイトハウスの執務室で、信仰局の女性伝道師ポーラ・ホワイト局長をはじめ福音派の牧師や信仰指導者たちが、机に座っている大統領を囲んで、大統領の肩や背中に手を置いて祈る姿が、公開された(3月6日)。「主よ、この試練の時において彼を導きたまえ。あなたの恵みとご加護が大統領とすべての米兵にあらんことを。父よ、大統領にこの偉大な国家を導く力を与えたまえ」というような祈りだ。
宗教的論理を悪用して戦争を進めようとしている点で、これらは著しく倫理に背いている。だからこそ、ローマ教皇レオ14世は、イラン戦争に関して、「死の選択を正当化するために神の名を持ち出す者さえいるが、神は闇に操られることはない。それどころか、常に人類に光と希望と平和をもたらすために来られる」と述べて、イラン戦争が地域全体に苦しみをもたらしている「残虐な暴力」と嘆きを表明して即時停戦を訴えた(3月15日)。バチカン高官(教皇庁国務省長官・パロリン枢機卿)も、この先制攻撃について国際法を揺るがすもので各国に予防戦争を開始する権利はないと異例の直接批判を行い、「法の支配は力による支配に取って代わられ、平和は敵を壊滅させた後にのみ実現するという確信が広まっている」と述べ(3月4日)、アメリカ・イスラエルに停戦をストレートに求めた(3月18日)のである。
地球的正義による永遠平和――多極世界への文明論的急転
トランプ大統領は、早期勝利という予想が外れ、数千人の海兵隊員や海軍兵士を追加派遣すると報じられている(3月20日)。戦争は長引き、石油価格は上昇し始めており、長期化するとインフレや、医療品や日用品の欠乏で人々が塗炭(とたん)の苦しみを嘗(な)めることになりかねない。こうなると、1970年代のオイルショックの再来になってしまう。そして、金融秩序も激しく動揺して、世界的な経済危機も懸念される。
さらに、アメリカはイランのカーグ島(原油の積み出し地)を爆撃し、イスラエルの核使用の可能性すら懸念されている。フーシ派はイランに加勢する参戦を宣告し、紅海の運航にも暗雲が漂い始めた。これが進むと、中東諸国を巻き込む地域戦争になるし、世界戦争や核戦争の恐れすら現れている。こうなると、今以上に1914年の第1次世界大戦を想起させる展開になってしまう。
このような最悪の展開を辿(たど)らないよう、前述のように、日本政府がイランとの友好関係を活用して調停し、アメリカとイスラエルが攻撃を止めて停戦が実現するように積極的に働きかけるべきだ。対話による平和的解決を求めて声を上げつつ、上記のような悪夢を回避するよう祈るのが正しい道だろう。
倫理なき覇道は、しばらくは威勢を保ち、時間を経てから崩壊することもある。でも、今のところの戦況を見る限り、帰結が現れつつあるようだ。アメリカは、イラン最高指導者殺害という名分で「名誉ある撤退」を装うタイミングを逃したように見える。そうなると、さらに自らの犠牲が増え、敗北が明白になっていく可能性が高い。
そうなると、湾岸諸国は、サウジアラビアやカタールをはじめ、自国の米軍基地が攻撃されても米軍は守ってくれないとわかって、安全保障の方針を根本的に再考するかもしれない。この戦争でアメリカが敗北を喫すると、その覇権は終了し、アラブ諸国はイスラーム文明としての連帯を重視し始めるだろう。
そして、中国やロシアという文明も、また存在感を増し、軍事的・外交的にも、金融や経済においても、西洋文明が後退して多極世界への文明論的急転が生じると想像できる。多くの人々にとって、これは未曾有(みぞう)の大変動と感じられるだろう。
その中では、日本も一つの独立文明として、対米依存を減らし、諸文明との間で徳義共生の外交へと転換することが必要になる。国難がもたらす今後の多大な犠牲が、非倫理的な対米追従外交のもたらす帰結であることを多くの日本人が自覚することによってこそ、このような倫理的大転換への道が開けるだろう。
高市首相が対米依存に固執して危機をまねているのは、世界史的な大局が全くわかっていないからだ。戦後の「常識」に基づいて、アメリカに頼っていれば自分たちは救われると思い込んでいるのだろう。しかし時代は激変しつつある。遠からず、その文明論的変動を目にして呆然(ぼうぜん)とする日が来るだろう。
もっとも、残念ながら、この大局を見抜いて、それに即して鋭敏な政権批判を行う野党も少ない。倫理的な野党には、それをいち早く察知し、非倫理的な政府を厳しく批判しつつ、平和国家の再建へと変革を主導していくことが切に望まれる。
世界においても、避けられなかった流血と灰燼(かいじん)の先には、倫理的秩序の出現が待望される。イスラエルとアメリカが始めた非倫理的で不法な戦争は、戦争当事国も含めて、中東地域の人々に、筆舌に尽きぬ犠牲をもたらしつつある。しかしこの道によってしか地球的な正義が実現することができないのならば、せめてその荒廃の中から倫理的秩序が再建され、永遠平和への道が開けることを祈ってやまない。
プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院社会科学研究院長、千葉大学公共研究センター長で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別招聘(しょうへい)教授兼任。専門は公共哲学、政治哲学、比較政治。2010年に放送されたNHK「ハーバード白熱教室」の解説を務め、日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。日本ポジティブサイコロジー医学会理事でもあり、ポジティブ心理学に関しては、公共哲学と心理学との学際的な研究が国際的な反響を呼んでいる。著書に『サンデルの政治哲学』(平凡社新書)、『アリストテレスの人生相談』(講談社)、『神社と政治』(角川新書)、『武器となる思想』(光文社新書)、『ポジティブ心理学――科学的メンタル・ウェルネス入門』(講談社)など。





