利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(60) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

人々を救わない政治

この深刻な状況にもかかわらず政府は、効果が少ないと思われるまん延防止等重点措置を出して飲食店の営業時間を短縮するだけである。

現政権が発足する時には、自民党総裁選で「岸田4本柱」(医療難民ゼロ、ステイホーム可能な経済対策、ワクチンパスポート活用・検査の無料化拡充、感染症有事対応の抜本的強化)を示し、オミクロン株が発生した時には外国人の入国を制限したので、前政権までとは違って本格的なコロナ対策を行うという期待が生じた。ところが、第5波が過ぎた後の時間を空費し、PCR検査能力向上や防疫態勢・医療・保健所体制の充実などをほとんど行わなかった。まして日本の一般的な居住スペースでは、家庭内感染を防ぐことが難しい。それにもかかわらず、事態の悪化に伴って政府は、自宅療養拡大・自主療養容認・みなし陽性者認定・濃厚接触者待機短縮など、対策の基準を緩和するばかりで、人々を救う方策を打ち出さない。第5波までをはるかに上回ってこのような深刻な事態になっても、緊急事態宣言を行わない。現在の事態についての認識や対処方針すら首相は積極的に示さないのである。

このような状態では、前2代の政権よりもコロナ対策は後退している。要は、本連載で繰り返し指摘した対コロナ国家機能の停止が再現し、国家は国民の健康や生命という最重要な公共の善を守るという政治の使命を放棄してしまっているのである。全国では自宅療養者が約44万人になっていて、1月の容体急変の死者は151人であり、ついに大阪では高齢者施設内の療養で症状が悪化しても119番通報を控えるように通知を出した。これらは、検査・医療能力向上を怠った結果であり、棄民政策そのものと言わざるを得ない。

現状は、昨年の総選挙で人々が与党の勝利を許した結果であると言える。「善因善果、悪因悪化」という因果律(どのような事象も全て何らかの原因の結果として生じるという考え方、法則)が、個々人の人生と同様に、政治というマクロな現象でも生じることを指摘したが、やはり選挙の結果が激甚なコロナ被害として生じていることを直視することが不可欠だ。日本には再び国家護持の祈りが必要となってしまった。

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