利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(52) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

栄福社会という新時代の希望

このような歴史的経験をまとめてみると、感染症の大流行の後では、大量の死によって、従来の社会やシステムが維持できなくなって、文明を担っていた国家・帝国や経済システムが衰退・滅亡する。他方で「〈1〉宗教や哲学・思想による精神的再生(古代・中世)、〈2〉新しい科学技術の発達(近代)」によって社会が大きく変化して、新しい時代や文明が誕生する。

この理由は、古代や中世の場合、文明が物質主義的になって華美だが軽佻浮薄(けいちょうふはく)になり、欲望や利益の追求が横行していたのに対し、大量の死によって、生命や生き方に関する精神的問題が浮上したためだろう。この結果、ギリシャ哲学・ルネッサンス、キリスト教再生といった宗教的・倫理的な新しい思想や世界観が勃興した(〈1〉)。近代においても同種の問題があって思想的変化も生じたが、科学的天才に閃(ひらめ)いた科学的発見が新時代を開拓した(〈2〉)。

今に置き換えれば、デジタル化・オンライン化の進行は〈2〉の科学技術の側面であり、確かにデジタル革命が新しい社会的変動をもたらすに違いない。とはいえ、世界的な大量死、外出自粛という隔離や引きこもりの経験は、死生観や「いかに生きるべきか」という根源的な問いを浮上させている。

ここに生じうるのは、新しい哲学・思想や宗教のような精神性の勃興だ。それはさまざまな形で現れうるだろうが、私はポジティブ心理学に基づいてその中核を「善福(善き幸福)」という概念で表し、次の時代を「栄福社会」と呼んでいる。物質主義的利益ではなくて、精神的・倫理的な「善い幸福」を追求する時代、それによって繁栄と本当の幸福(真福)が実現する社会という意味だ(第47回)。

よって、新時代の希望は確かに存在する。ピンチをチャンスへと切り替える逆転の発想が大事だ。もっとも、理想が自動的に現実になるわけではない。過去においても、当時の宗教的・科学的天才や、多くの人々の誠実な努力があって、新しい時代が開花した。私たちも、コロナ禍という深刻な歴史的現実の中で、未来への可能性を注視し、次なる時代を目指して生きていこうではないか。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

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